どうしてほしいの、この僕に
 あああああ! 同意している場合ではないのに!
 しっかりしろ、私。なんとしてでも優輝にはドラマに出演してもらわねば困る。
「やっぱり無理ですよね」
 ちょ、私、黙れ。念を押してどうする。
 だけど、少し丸まった背中が寂しそうに見えて一瞬胸が痛んだのは事実だった。これ以上言い募るのは図々しいのではないか。彼とてこの道のプロ。仕事を吟味した上で出した答えなのだろう。
「それで、どうしてほしいの、この僕に」
 振り向いたかと思うと、冷めた視線で私を射る。苛立ちを含んだ険のある声に、背中がぞくりと粟立った。
 怖いくらいきれいな顔だった。
 見たい。もっと見たい。ずっと見ていたい。このまま時間を止めて——永遠に。
 別次元に引き込まれそうになった心をなんとか現実に繋ぎ止め、私は大きく息を吸う。
「全国のファンが待っています。ドラマの件、考え直して……」
「ファンのため、か」
 優輝は興ざめしたようにため息をついた。
 あれ、セリフを間違えたかな?
 でもなんとかここで食い下がらねば。私にはもう後がないのだから。
「それに優輝が出てくれないと私にチャンスが回ってこないんです」
 必死で訴えると、優輝は目を細め、唇の端に笑みを浮かべた。
「ふーん」
 気がつけば、向かい側で姉がニヤニヤしている。急に恥ずかしくなってうつむいた。
「そんなに僕と共演したい?」
 私は上目遣いでキッと優輝を睨む。
「デビューできるなら」
「へぇ。僕はデビューのための道具というわけだ。未莉もずいぶん逞しくなったね」
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、どういうわけだろう?」
 優輝が肩をすくめる。彼の疑問はもっともだ。
 だけど私は——。
「私は姫野明日香と同じ土俵に上がりたいの、なんとしてでも」
 そっか。そうだったんだ。
 言ってから自分の本心に気づく。
 私は明日香さんに負けたくないんだ。なのに、まだ同じ場所にすら到達できない自分が不甲斐なくて仕方ないんだ。
 不意に温かな視線を感じる。姉が向かい側で微笑んでいた。私のわがままを許すときの顔だ。高木さんは目が合うと大きく頷いてくれる。
 ふたりが理解を示してくれたことは、とても嬉しくて、ものすごく自信になった。
 それからこわごわ優輝を見る。
 彼はのけ反るような体勢で天井を仰ぎ、目を閉じると、フッとシニカルな笑みを浮かべた。
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