どうしてほしいの、この僕に
「姫野明日香と優輝の関係を誇張して私に吹き込もうとするんです。優輝のけがも明日香さんをかばったせいだと……」
 高木さんは箸を置き、考え込むポーズを取った。
「どうも意図が読めないな」
「意図を読めなくするのが意図なんですよ、たぶん」
 早々に食べ終わった優輝が空の容器をテーブルの上に放る。
「彼はずいぶん傷ついているようだったね」
「えっ……」
 私はドキッとして優輝の顔を真正面から見つめた。すると意外にも優輝はシニカルな笑みを浮かべる。
「未莉が悪いんだよ。彼に冷たくするから」
「ちょっ、違う!」
「違わない。彼は未莉をからかって困らせたいんだ。なのにポーカーフェイスを崩さないから怒っていた」
「そんなこと言われても……」
 高木さんが「うーん」と唸り声を上げた。
「未莉ちゃん、その友広という男、他には何か言ってなかった?」
「他に……えっと」
 そうだ、言われたことは他にもある。
 でもそれを言っていいものなのか、迷う。
 あれは友広くんの本心なの? だとしたら、それをここで私が暴露するのは非道ではないか?
 なにげなく見ていた視線の先に優輝の松葉杖があった。
 ——本当に非道なのは、誰なんだろう?
 そう思った瞬間、言葉がためらう気持ちを突き飛ばした。
「『僕は未莉さんがほしい』と」
 時が止まったかのように、恐ろしいほどの静寂が私たちを取り巻く。
 最初に口を開いたのは高木さんだ。
「微妙な表現だな。『好き』ではなく『ほしい』とは」
 優輝は首を傾げ、思案に耽るような顔をする。
「それで未莉ちゃんの返事は?」
「……『好きな人がいる』から『迷惑』だと」
 ヒューと高木さんが冷やかしの声を上げた。
「ちゃんとはっきり言えたんだ。よかったね」
 よかったのかどうかはわからない。
 蒼ざめた友広くんの顔が脳裏によみがえるたび、私は絶対にしてはいけないことを、してしまったような気持ちになるのだ。
 人を傷つけて平気でいられるはずがない。だけど傷つけたくないからと、友広くんの言葉を受け入れるわけにはいかない。
 だって私は——。
 急に近くでダンと乱暴な音がした。肩がビクッと震える。
 優輝が松葉杖を手に取り、床に叩きつけるようにして立ち上がったのだ。
「もういい。その男の話は聞きたくない」
 高木さんは「あっ」と悲痛な声を出すと、優輝に向かって手を挙げた。
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