どうしてほしいの、この僕に
「それはそうかもしれないけど……」
「意識して自分自身を演じてはいけないなんて法律でもあるわけ?」
「……ないです」
「ウリは他人と違っているほうがいいのよ。ひきつった笑顔より無愛想キャラのほうが絶対ウケるわ」
 ——ウケるって、そういう基準?
 そりゃ、タレントという商売は生身の私自身を切り売りするようなものだけど、ウケ狙いでこの「笑えない」現象を利用したくはないのだ。だって私はこんな自分が情けなくて仕方がないのだもの。
 でもたぶん姉のいうことは正しいのだと思う。
 笑えないことをへたに隠すより、むしろそれを前面に出したほうが活路を見いだせるかもしれない。
 ——身を削る痛みに耐えながら、やってやろうじゃないか、自己プロデュース。
 そう覚悟したそばからひどい徒労感に襲われ、私は深いため息をついた。

「ただいま」
 ドアを開けると家の中はシンとしていた。夕陽がリビングルームをオレンジ色に染めているようだが、人の気配はない。
 ——おやおや? 今日は家にいると聞いたけど、寝ているのかな?
 静かに靴を脱ごうと靴箱に手をかけたが、足がむくんでいるのか靴が脱げず、持っていたバッグが勢いよく肩から滑り落ち、片足のままふらついた私は靴箱にドンと激突した。
「うわぁ、すみません」
 小声であやまると寝室で「ゲホ、ゲホッ」と誰かが咳き込んだ。誰かといっても、この場合優輝以外の人間だったら困るんですけどね。
 私は開け放してある寝室の戸口から、おそるおそる中の様子を窺った。
「おかえり」
 明らかに熱に浮かされた様子の優輝がベッドで横になっていた。
「熱あるの?」
 見ればわかるのにわざわざ訊く私。
「たぶん」
 彼は面倒くさそうに短く告げる。
 見た目では38度といったところか。しかしこの家には体温計があるのだろうか。
 口を利くのも大儀そうな病人にあれこれ訊くのも悪いので、ベッド上に膝をついて彼の額に触れてみる。
「うわっ、かなりあるんじゃない?」
「かもな」
「いつから?」
「昼過ぎ」
 よかった。朝の時点で異変に気がつかなかったわけじゃないんだ。
 いや、よかったというのは違うな。単に私の見過ごしだったら、自分自身が残念すぎるという話で、この状況はちっともよくない。
「とりあえず水枕……」
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