どうしてほしいの、この僕に
 審査員席の中央に座る番組制作会社のプロデューサーが私に向かって言った。審査員テーブルには西永剛(にしながごう)と記された紙が垂れ下がっている。西永さんはピンクのシャツをおしゃれに着こなす大人の男性だった。
「は、はい!」
 エレガントにふるまおうと散々イメージトレーニングをしていたのに、結局慌てて勢いよく立ち上がってしまい、ガタッと椅子が鳴る。
 口を開こうとして前を見た私は驚いた。
 な、な、なんで、この人、私を見ているの……?
 テーブルに突っ伏して眠っていたはずの守岡優輝(もりおかゆうき)が、いつの間にか身を起こして私をまっすぐに見つめている。この男こそがドラマの主人公で、今はそのヒロイン役のオーディション真っ最中というわけだ。審査員のくせに態度が悪いと思っていたけど、いざ、じっと見られるとそれはそれで困る。でもどうして私のときに目覚めるわけ? あの姫野明日香が自己紹介している間も身動きひとつしなかったのに……。
 それにしても、突っ伏していたせいで跳ねた前髪すら、彼を魅力的に見せる仕掛けとしか思えないのだからイケメンはずるい。少し面倒くさそうな目つきは垂れ目のせいで、その間にはスッと通った理想的な鼻筋が降り、最後に形のよい薄い唇が私の目を釘づけにする。
 その唇がわずかに動いた。
 ——じこしょーかい、しねーの?
 あ、そうだった。なんでこんな大事なことを一瞬でも忘れちゃったんだろう。私は気を取り直して大きく息を吸った。
「わた、私はグリーンティ所属の柴田未莉(しばたみり)です。よろしくお願いします」
 若干噛んでしまったが、初々しさはこの中の誰にも負けていないはず。
「グリーンティの柴田……ってことは、紗莉(さり)はお姉さん?」
「そうです」
 西永さんが遠慮のない目つきで私を眺めまわした。値踏みされているのはいい気分ではないけど、こういう場所では誰よりも目立たなくてはならない。そして私の最大の武器はまぎれもなく姉の紗莉だった。姉はかつてスーパーモデルとして国内外で活躍し、今はモデル・タレント事務所グリーンティを立ち上げ社長をしている。とびぬけて優れた容姿と華々しい経歴は、いまだにテレビ業界で引っ張りだこなのだ。
「紗莉とはずいぶんイメージ違うね」
「姉は10歳年上で、物心ついたときには家にいませんでしたから」
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