どうしてほしいの、この僕に
『未莉、私のマンションで少しの間待っていてくれない? 管理人さんに連絡してみるから、できれば管理人室で待たせてもらって……』
「いや、外で待っているよ」
『ダメよ、パジャマなんでしょう? 風邪ひいちゃう』
「コートを着ているから大丈夫だよ」
『いいから管理人室に行ってみて。わかった? 30分くらいで行けると思うから』
「うん。ありがとう。ごめんね、お姉ちゃん」
 言いながら涙がぽろぽろとこぼれた。姉が来てくれると思ったら、今度は安堵の涙がこみ上げてきたのだ。
 電話を切って車の座席に背中を預ける。タクシーの運転手が「よかったですね」と言った。本当によかった。……姉がいてくれて。

 そうして姉のマンションに到着したけれども、しばらくぶりにやって来た姉の高級マンションは、やはりパジャマにコートを着ただけの若い娘が裸足でうろつくような場所ではなかった。
 気を取り直し、とりあえず入口へ。ガラス張りのエントランスでインターホンに姉の部屋番号を打ち込んでみたが、予想通り応答はない。管理人室と書かれたドアを見つけたけど、どうやら管理人さんは眠っているらしく、窓は真っ暗だ。
 うーん、どうしよう。ここで30分くらいなら待っていてもいいかな。夜風がしのげるだけでも十分温かい。足は冷えるけど仕方ない。姉の部屋に入れてもらったらお風呂を使わせてもらおう。
 明日というか今日は会社お休みしてもいいだろうか。こんな大変な目に遭った翌日だから、休んでもいいよね。通帳燃えちゃっただろうし、銀行にも行かなきゃ。それから次の住む場所も探さないと……。
 これからのことを考えていると、タクシーがマンション入口前に止まった。後部のドアが開いて、細身の男性が見える。マンションの住人がこんな時間に帰宅したらしい。
 私は自分のみすぼらしい姿を恥じ入り、少しずつ隅へ移動し、コートの前を閉じてタクシーに背を向けた。バンと車のドアが閉まる音と、エントランスの自動ドアが開く音がほぼ同時に聞こえる。
「お待たせ」
 耳に届いた声が、私に向けられたものだと気がつくのにしばらくかかった。
「え?」
 振り返ったときには、もうオートロックのカギが解錠されている。
「足、血が出てる」
「え?」
 足元を指さされて驚いた。私が移動したところに、うっすらと血痕が残っている。
 いや、驚くべきところはそこじゃない。
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