どうしてほしいの、この僕に
#33 もう待てない
 退院してマンションに戻ると、意外にも部屋の中はそのままだった。優輝の荷物はすべてなくなっていると覚悟していたので、帰宅した私はホッとするよりも拍子抜けしてしまった。
 しかしそれもこのマンションを引き払うときまでのこと。
 来月には私もここから引っ越すのだ。その際、優輝の荷物はトランクルームに預けられる。
 姉と高木さんが購入したマンションは、そもそも高木地所が所有する物件で、その御曹司である高木さんこそが実質オーナーだった。
 私は姉たちの上の階に住み、家賃を払う。思いがけず長くなった居候の身分からやっと卒業できる。
 ここでの生活は、始まったときも唐突だったが、終わるときも唐突だ。
 でもこれでいい。これこそが本来あるべき姿なのだ。
 広いベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めて思う。
 そうだ、新しいベッドを買わなければ、と。

 優輝がいなくなった部屋にはじめて親友の柚鈴を招いた。
 今日はスペシャルドラマの放映日2夜目なのだ。記念すべき初仕事の完成のときをひとりぼっちで迎える勇気が私にはなかった。
「お、いい感じに無愛想だこと」
 テレビ画面に私が映ると、彼女は茶化すような声を上げた。
 緊張気味の私を気遣って明るくふるまう親友の優しさに感謝しつつ、私もテレビへと意識を向けた。
 もちろん物語の内容は熟知している。でも編集された映像は私の想像を超えるドラマティックな展開に仕上がっているから、思わず物語にのめりこんでしまう。
 まぁ、時折自分自身の稚拙な演技に幻滅して泣きたくなる場面もあり、そういう意味でもハラハラドキドキしっぱなしなのだけど。
 そんな私の役柄は、過去の事件で恋人を亡くし、心に深い傷を負いながらも独自に事件を再調査するヒロイン。
 なりゆきでその調査を手伝うことになる車いすの探偵が優輝の演じる役どころだ。
 事件の調査が進むにつれ、主人公とヒロインの信頼関係が深まっていく。ふたりの距離も近くなり、ヒロインが過去の心の傷を乗り越えて笑顔を取り戻すと、実はふたりが生き別れの兄妹だと判明してドラマは唐突に終わる。
 途中、心の声をだだ漏らしていた柚鈴も、この衝撃のラストに目を見開いたまま絶句した。
「……え? お、終わった!?」
「うん。これで終わり」
「この人たちはどうなるの?」
「さぁ……」
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