どうしてほしいの、この僕に
 柚鈴の言葉で、私は笑みを消し、表情を引き締めた。
「違うよ」
「じゃあ、サイティってふざけた名前の脚本家のことは? 許せるの?」
 核心に迫る質問に一瞬、うっと詰まった。
「それは……難しいよね」
「君たちは生ぬるいなぁ。優しすぎる。私なら今からでも乗り込んで鼻に1発、いや2、3発お見舞いするね」
 柚鈴は握った拳で構えを作る。眉間には深い皺が刻まれ、闘志を燃やす様子はなかなか頼もしい。
「それができたらいいんだけどね」
「だって理不尽でしょ!? 未莉は悪くないのに」
 不服そうに柚鈴は口を尖らせた。
 おそらくオーディションの招待状を送りつけた頃、彼女らは私が辛酸を嘗める姿を想像してほくそ笑んでいたに違いない。
 その計画はオーディションの失敗でうまく駒を進めたように見えたが、予想外の方向へと転がった。火事がその契機だったのかもしれない。
 優輝に拾われて私は少しずつ人の温もりを思い出していった。西永さんの引き立てで仕事も順調にステップアップしてきた。
 ——気に入らないよね。
 竹森サイラに同情するわけではないが、彼女からすれば私は相当うっとうしく邪魔な存在だろう。目の敵にされても仕方がない、とあきらめにも似た気持ちで思う。
「彼女は守岡優輝のファンを代表して私に天誅を加えたんじゃないかな」
「冗談じゃない! 神ならまだしも、最低を自認する人間が天誅だなんて……って、もしや未莉……」
 何かに気がついたらしい柚鈴の目が丸くなった。
「私の知らないうちに、天誅を下されるようなことを守岡くんといたしましたので?」
「えっと、たぶん……いたしました」
 恥ずかしさのあまり、語尾が消え入りそうになる。
「おっ、おおおおお!!」
 柚鈴が私の両肩をガシッとつかんだ。
「おめでとう!!」
「あ、ありがとう?」
「だからそんなに余裕なのか」
「いや、そういうわけでは……」
「よし、乾杯だ!」
 妙なノリで、私たちは飲みかけのワイングラスを軽くぶつけ合った。
 だが、ふと我に返ったらしい柚鈴が「あれ?」と声を上げる。
「でも彼から連絡はあるんだよね?」
「ないよ」
「ちょ、ちょっと待って。それじゃ、まるでやり逃げじゃないか!」
 顔を真っ赤にして憤る親友がかわいいので、失笑してしまう。
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