どうしてほしいの、この僕に
 と気のない返事をしながら、優輝は寝室と思われる部屋のドアを開けた。引きずられてやって来た私は、視界に飛び込んできたベッドを正視できず、目をつぶって顔をそむける。
「で、未莉は俺に『いきなり』どうしてほしいの?」
「は?」
 この問いには、さすがに目を開けざるをえなかった。優輝は意地悪い笑みを浮かべている。うわー、ここで揚げ足を取るとは、嫌なヤツ。
「俺は困るようなこと、するつもりないけど」
「それはそうでしょうけど」
「何かしてほしいなら、素直に言えよ」
 背中がぞくりと粟立った。意地悪そうな表情が妖しく変化して、私を試すような視線がまっすぐに向けられる。
 どぎまぎしながら、懸命に言葉を探した。
「優輝にはご迷惑おかけして申し訳ないです。明日からは姉の事務所で寝泊りしますので、今夜だけはここに泊めてもらえると助かります」
「なにそれ」
 突然、優輝が私の腕をぎゅうっと力いっぱい握った。うわっ、まだ腕をつかまれたままでした。
「痛いっ!」
「事務所に寝泊りなんかできるわけないだろ。男ならまだしも、未莉は女として危機感なさすぎ」
 危機感ないって——ここに泊めてもらうことのほうが、いろんな意味で危機感覚えまくりなんだけど、私の認識は間違っているのだろうか。
「じゃあすぐに新しい部屋を探します」
「金、あんのかよ?」
「え?」
「マンションの賃貸契約にはそれなりの金が必要だし、火災保険はすぐに支払われるわけじゃない」
 そんなこと、私だってわかっている。おまけに今の私には貯金もほとんどない。
「姉に……借ります」
「ふーん」
 私が苦し紛れに言うのを、優輝は勝ち誇ったような顔で聞いていた。
 なぜ私にお金がないとバレているんだろう。
 というか、もしかして私、本当にここでしばらくお世話にならないといけない身だったりする……?
「あ、よく考えたら姉のところに厄介になればいいんだ!」
 今さらだけど、私はこれ以上ない最高の解決策を導き出した。というか、そもそもここに来たのは姉に厄介になろうと思ったからだ。ここに姉がいないのなら、姉のいるところへいけばいい。
 鼻歌でも歌い出しそうな私とは対照的に、優輝は盛大なため息をついた。
「それは無理」
「どうして?」
「紗莉さんは男と一緒だぞ」
 あーっ! ……やっぱり?
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