どうしてほしいの、この僕に
 しかも、首筋を這う唇は強引なくせに私を壊れもののように扱うから、くすぐったいようなそのかすかな刺激を本気で嫌とは思えない。
「ゆう……き、こんなの……困る」
「……だろうな」
 そう言うと優輝は私の肩の上にあごをのせた。私はホッとして全身の緊張を解く。
「わかっているなら、こんなことしないで」
「わかっていないのは未莉のほうだろ」
「でも優輝は私が困るようなことしないって言ったし」
「だからわかっていない。未莉は男のこと、何もわかっていない」
 わかっていない、と繰り返し言われるとさすがの私も腹が立ってきた。
「優輝だって私のこと何も知らないでしょう」
「女子校育ちの男にまったく免疫のないお嬢さま」
「は……? なんでそれ……」
 優輝は一歩下がって、私を見下ろした。この人の秀麗さは無表情のときほど際立つ気がする。すべてを見透かすような視線を向けられ、私は思わず自分の腕で自分をぎゅっと抱きしめた。
「姉に聞いたの?」
「これくらいのこと、君のお姉さんに聞かなくてもわかる」
 バカにされたのだとわかり、私は奥歯を噛みしめた。
「なによ。からかっておもしろがるなんて悪趣味だわ」
「そんな格好でうろうろしているほうが悪い」
「それは、その……着替えを持ってくるのを忘れて……」
 不機嫌そうな優輝の顔がフッと緩む。
「腹減った。なんか食うものある?」
「残りものでよければ。あ、でも私が作った料理なので味の保証はしません」
 優輝は私に背を向け、廊下を進んでいく。
 今日はおいしそうなじゃがいもを買ったので、ポトフを作ったのだ。明日も食べようと思い、多めに作り置きしてある。
 キッチンのほうから鍋の蓋を開ける音が聞こえてきた。
 優輝に触れられて熱くなった身体が急速に冷える。私は小走りで寝室へ駆け込み、身支度を整えた。

 とりあえずパジャマを着てキッチンへ向かうと、優輝はまだ食事中だった。
「あのー、お口に合いましたか?」
 おそるおそる声をかけると、優輝は口をもぐもぐさせながら私を手招きし、ここに座れとばかりに自分の隣を指さした。1週間前の朝食と同じ場所だ。
「おいしい」
 それだけ言うとまたスプーンを口に運ぶ。男の人と食事をする機会がないので、その食べっぷりに思わず見入ってしまった。
「おかわり」
「えっ?」
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