どうしてほしいの、この僕に
 あっけらかんと柚鈴がそう言ったので、私は「えっ」と聞き返し、悲劇のヒロインになりきる寸前でどうにか踏みとどまった。
『いや、守岡くんとしては未莉を押し倒すのは簡単でしょ?』
「簡単って……!」
『むしろその状況で何もされていないほうが奇跡だよ』
 何もされていない——?
 私の場合どうなんだろう。耳を舐められたというのは、何かされたうちに入るのだろうか。考えてみればペットだって勢い余って飼い主を舐めることはある。あれもそれと同じ類のことなのだろうか。
「ということは、私はその『奇跡』なの?」
『だってわざわざ私という仲人を立ててからの求愛だよ?』
 仲人だの求愛だの、私の現実とは程遠い言葉たちを並べられてもピンと来ない。柚鈴は優輝と私のことを完全に誤解している。
「だから、そういうのとは違うよ。優輝は私のことを好きじゃないと思う」
『えーーー』
 不満そうな声を出し、それから柚鈴はなぜかクスッと笑った。
『あれは未莉のことでしょう』
「『あれ』って?」
『守岡くんの弱み』
「まさか、そんなことあるわけないよ。だって私はからかわれているだけだもん」
 そもそも優輝がうっとりしながらのろけるようなものと私は、何をどうやっても結びつくはずがない。あの夜火事で焼け出されたパジャマにコート姿の裸足女子を、成り行きで居候させることになったのは偶然で、優輝にとっては災難でしかなかったのだ。
『ま、男と女がふたりでいれば、勢いでキスしちゃうことはあるかもしれない。でも昨日みたいに手の込んだ方法で私まで呼び出して、恋人になろうっていうくらいだから、かなり本気だと思うけどな』
「でも、優輝は最初の夜に『誰とも付き合う気はない』と言っていたよ」
 口にするだけでも胸が締めつけられるように苦しい。どれが優輝の本心なのかわからないからこんな気持ちになるのだと思う。
 柚鈴は『うーん』と低く唸った。
『それは『未莉以外の』という注釈がついていなかった?』
「ついているわけないでしょう」
『じゃあ気が変わったんだ』
「……え?」
『未莉を彼女にしたくなった。だから以前の発言は撤回。ていうか未莉はもう守岡くんの彼女なんだし、もっと自信持って、無駄に悩まない!』
 悩まずにいられるならそうしたい。だけど現実には不可能だ。この状況でどうやって自信を持てばいいのか見当もつかない。
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