オレンジの雫
忘れえぬ思い
あれから…三年…

オレンジが実る頃になると、彼がまた、あの時のように、目の前で微笑んでくれるような気がして…

迎えに来てくれるような気がして…

愛しさに胸が熱くなる…

瑠璃色の空に黒い雲がのび上がり、瞬く間に大粒の雨が降り出した…

沸き立つ土の香り…

ライトブラウンの彼女の髪が、雨に打たれて急速に湿っていく…

片手を額に当てながら、片手でワンピースの裾をつかんで、彼女は、あのオレンジの木まで走った。

たわわに実るオレンジの果実に、雨粒が注いで、その丸い形に添うようにトパーズ色の雫を滴らせていた。

鮮やかな緑色の葉を揺らす通り雨。

あの日…

彼の体に打ち付けていた雨が、その肌の香りを彼女の脳裏に鮮やかに蘇らせる。

待ってるわ…私…

彼女は、あの思い出溢れるオレンジの木の下に滑りこんだ。

あの日のように膝を抱えながら、水色の瞳で雨粒を落とす空を仰ぐ。

オレンジの葉を揺らす雨…

土の香り…

きっと、雨が上がれば、彼は、その手を伸ばしながら彼女に言う筈だ…

マドモアゼル…と…

忘れる筈もない、その声もその手の温もりも、肌の香りも…

セシーリアは、オレンジの木にもたれかかるようにして、雨音に耳を傾けながら、静かに瞳を閉じた…

いつか、あなたを迎えに来ます…

私、待っているわ…

ずっと…

激しい雨の音が、やがて緩やかにその音を潜めていく。

黒い雲の隙間に、美しいるり色の空が広がり始めた…

オレンジの実を滑る雨粒の欠片が、再び覗き始めた太陽の光を受けて、虹色に煌く…

眼前に横たわる、鮮やかなるり色の地中海に、オレンジの香りを運ぶ風が舞っていた…

それは、戦争間近なセピアの時代…

ひっそりと育まれた愛の行方を知るのは、このオレンジの木と、地中海を渡る風だけだという…






END
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