空を祈る紙ヒコーキ
知らなかった世界

 夏原さん達の家に引っ越して数日が経った。

 お母さんと夏原さんは仲良くしてるし、お母さんに暁と比べられるようなことを言われても空がそれとなくかばってくれた。

 まだこの生活に慣れないしお母さんの再婚を認めたわけじゃないけど、何とか暮らしていけそうだと思った。

 入学式の前日。夏原さんと空もいる夕食の席で、お母さんは暁と私に向かって言った。

「二人とも、そろそろ夏原さんのことをお父さんと呼びなさい」

 そのうち言われるだろうなと思った言葉だったからあまり驚かなかった。驚かなかったけど嫌な気持ちになった。

 たしかに夏原さんは戸籍上父親になった。引っ越しの翌日、お母さん達は役所に婚姻届を出しに行った。その時から私の名字は高取から夏原に変わったし、夏原さんには私と暁を養育する義務が発生した。

 初日の鰻に始まり、夏原さんは毎日おいしい食事を用意してくれた。経営者とはいえ自営業者。夏原さんは人を動かす立場にあるので普通の会社役員に比べると時間の融通が利くらしく、昼休みには働いている店を抜け出し家に帰ってきては私達の夜ご飯を用意していた。

 お母さんは夏原さんの負担を心配していたけど、夏原さんは全然苦じゃないと言って笑った。空が言うには昔からこのスタイルだったらしく、夏原さんが最寄りの店舗から近い場所に新居を建てたのも家庭生活を充実させるためらしい。

 暁と違いお母さんから手料理やお弁当を作ってもらった記憶がほとんどなかった私には、今の生活が楽で仕方なかった。お母さんや暁と三人で暮らしていた頃は、食事作りはほぼ私の役割だった。お母さんが料理をするのは暁がお弁当を持っていかなきゃならない時だけ。

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