クールな御曹司と愛され政略結婚
ミッション
「なんか今日キレイっすね」



顔を合わせるなり木場くんにそう言われ、持っていたアイスコーヒーを取り落としそうになるほど慌てた。



「え、え?」

「あ、佐鳥さんのことじゃないですよ、フロアです」



なんだ。

言われてみれば確かに、日頃あちこちに散らばっている紙やROM、置きっぱなしの文具なんかも片づけられて、どことなく整然としている。



「自分のことかと思ったんですか、意外とあれですね」

「どうかしてたの、忘れて」

「さてはゆうべいい夜だったんでしょ、灯に愛されてる私アピールですかあ?」

「うるさい!」



ひゅー、と懐かしい冷やかしの声をあげて、両手で私を指さしながら木場くんは席へと戻っていった。


実際のところ、木場くんの揶揄は当たらずとも遠からずだったりする。

今朝、起こさないでくれと言われていた通り、私だけベッドを出ようとしたところ、腰に腕が巻きついてきて、引っ張り戻された。



『いた!』



勢いあまってマットレスに倒れ込み、頭が揺さぶられてくらくらしているところに、灯が覆いかぶさってきて、キスをしたのだ。

ぽかんとしている私を見下ろし、満足そうに微笑むと、灯はそのまま伏せて再び寝てしまった。

私はシャワーを浴びるために、その身体の下から這い出さなきゃならなかった。


私たちの間で、キスというものはいまだに挨拶レベルまで昇華されておらず、日常的な行為ではなかったりする。

今朝のように、前振りも雰囲気もない中で、なんの意味もないキスというのは、初めてだったのだ。


たぶん灯は寝ぼけていた。

後で確かめてみるつもりだけれど、おそらく私にしたことを覚えていない。

でも、ようやく少しパートナーらしくなった気がして、私は浮かれた。
< 126 / 191 >

この作品をシェア

pagetop