クールな御曹司と愛され政略結婚
 * * *


「ダメだ、『灯くんが唯子を引き取ってくれるなんて』って言って喜んでる」

「うちも『唯ちゃんが嫁いできてくれるなんて』って楽しみにしてる」



まともだと思っていた母親たちも、この件に関しては夫の愚挙をいさめようとはしてくれなかった。

舞い上がっている親たちにあきれ果て、実家の近所のダイニングバーに出てきた私と灯は、てっきり冗談、もしくはただの親たちの妄想と思っていた結婚の話が、予想外に本気だったことを知って呆然としていた。



「結婚相手くらい自分で選ぶって言ったら、『灯くんよりいい男なんて唯子に見つけられるわけないじゃない』って」

「うちはそのやりとりはなかったな」

「うるさいなあ!」



チタンのタンブラーでウイスキーを飲む灯が、噛みついた私に笑う。

社会人になった今でこそ、たったふたつしか違わない、と言えるけれど、学生の頃のふたつの差というのは大きい。

私にとって灯はずっと"お兄ちゃん"で、灯も私を妹みたいにかわいがってくれていたし、実際『俺の妹』と呼ぶことすらあった。



「あーもう、あのふざけた親…」



カウンターに並んで座り、強めのカクテルを飲みながら、私は頭を抱えた。

わかったよするする、みたいな口約束を封じるために、私たちの結婚をしっかり見届けてから二社の取引を始めるとか抜かしやがった。

そういうところだけ成功したビジネスマンらしい抜け目なさを見せる。



「彼らの誠意の証が私たちなんじゃなかったわけ? なんで今度は、取引を盾に脅迫されなきゃいけないの」

「俺たちが、その取引の恩恵を受ける立場にあるのがまた複雑だよな…」



そうなのだ。

ビーコンの社員としても、創現の関係者としても、正直、取引は欲しい。



「俺、いいんじゃないかなって思いはじめてきてるけど」

「え?」



私は、なにを言いだしたのかと灯を凝視した。

整った顔には冗談を言っている様子もなく、やけになっている気配もない。
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