クールな御曹司と愛され政略結婚
ドアを閉めると、バン、と気密性の高い音がする。

閉め出されてぽかんとしていた灯が、やがて窓越しに笑い、助手席側に回り込んだ。



「どこか寄る?」

「いや、帰って休みたいかな」



まだ朝の6時前だったりする。

道が混むとまた運転のストレスが増えそうなので、早く帰ろうと車を出した。


話があると言っていたわりに、灯は静かに窓の外を眺めていた。

窓枠に肘をかけて、ぼんやりとくつろいでいる。

かろうじて寝ていないのは、もしや私の運転に不安があるからか。



「寝てていいよ」



赤信号で停車したとき、そう声をかけると、ふと灯がこちらを向いた。

じっと私を見て、シートベルトを外すと、いきなり覆いかぶさるようにこちらに身体を乗り出してくる。



「え、わ、うわ、なに?」



長い腕が私の座っているシートの右下を探り、直後、なにかに運ばれているような感覚で、私の身体がシートごと斜め前方上方向に移動した。

…おお。

劇的に前が見やすい。



「ありがとう。だいぶ前に出したつもりだったんだけど」

「シートポジション決まったら、キーに登録しといてやるよ」

「そんなことができるの?」



若干きつくなったシートベルトを留め直していたら、まだかぶさった状態のままの灯が、至近距離から顔をのぞき込んでくる。



「"妻帯者の自覚"ってなんだよ?」



からかっているふうでもない。

さらりと尋ねてはいるものの、本気でわからなくて、教えてほしがっているみたいな、面白くなさそうな、ちょっと困った顔。

もしかして、あの電話での言い争い以来、考えていたのか。

思わず吹き出すと、灯がむっとした。

体温を感じるほど近くにある肩とか、体重をかけてシートをたわませている腕とか、そんなものに灯の存在を感じて、安心してしまう。
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