クールな御曹司と愛され政略結婚
なにを言い出すのかと訝る私に、彼が今度はそういやらしくもない笑顔を浮かべてみせた。



「やっぱ灯さんとの婚約が持ち上がったあたりからじゃないすか? これほかの人も言ってますけど、隙が出てきて、人間ぽくていいっす。それまではなんか、失敗とかあまりしないし、淡々としてて、近寄りがたいっていうか」

「別に私、結婚が決まったからって灯となにか、関係が変わったわけでもないんだよ、言っとくけど」

「そうなんですか? でも意識くらいは変わるでしょ?」



新人だとばかり思っていたけれど、そういえばこの子、もう二年目だ。

ひょろっとした身体に載っている小振りの顔を見上げて、案外鋭いところを突かれたのかもしれないと思った。

たぶん私は、灯が手に入るのが嬉しくて、灯を奪われる心配がなくなったのが嬉しくて、気が緩んだのだ。



「赤いしー」

「その話、誰にもしないでよ…」

「え、もう灯さんに言っちゃいました。最近の佐鳥さんかわいいって」



バカ!

結婚に浮かれているとか思われたら、耐えられないよ!



「…なにか反応してた?」

「いや、上から目線でニヤニヤされるかなと思ったんですが、けっこう普通で、『そうか』って、なんか笑ってました」



メイキングビデオ用のハンディカメラを持ったスタッフが近づいてきたので、どうせ使われないだろうと思い、カメラに頭突きするみたいにめちゃくちゃ寄ってみた。

スタッフが大笑いして、失礼にもレンズを拭くまねをして去っていく。



「木場、ちょっと手伝え! 音録りたい、虫の声とか」

「はい!」



絵コンテの束を振りながら呼ぶのは監督だ。

木場くんは日焼け止めをかちゃかちゃ言わせながら走りだし、途中で振り向いた。



「やっぱりダブルがよければ、まだ空いてるそうなんでー」

「けっこうです!」



うう、ああいうノリを新人類だと感じるのは、年取ったせいなのか。

ほのかに熱い頬を隠す手立てもなく、しっしっと木場くんを追い払って、視界の隅で灯の姿を探した。
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