「で、まさかゼロの名前くらい耳に入ってんだろうな、このお気楽親父」

「久々に帰ってきたと思ったら、ただいまもまともに言えなくなったのか」

「さっき言ったわ!」

「やあ唯ちゃん、活躍は聞いてるよ、こんなクソの下につけて悪いね」



灯のお父さん、すなわちビーコンの社長である野々原明(あきら)氏が、オフの日らしいカジュアルなポロシャツ姿で、ソファからにっこり微笑んだ。

野々原家は天井の高い現代的な造りの、広々とした二階建てだ。

その一階のリビングで、一人息子と父親が言い争っている。



「つまりお前はなにを心配してるんだ」

「顧客を取られてるんだよ、実際。あれはうちとゼロのクリエイティブの差じゃない。営業力の差だ」

「営業もお前たちプロデューサーの仕事だろう、差があるなら努力しろ」

「俺ひとりの話してんじゃねーよ、会社の話してんの! 営業力で負けたら、うちの強みであるクリエイティブのパワーなんてなんの意味もないんだぜ。勝負をさせてもらえないんだから」

「ものを作ろうってときに、セールストークなんかに左右される顧客はバカだ。目を覚まさせてやる必要もない」

「ところがゼロのクリエイティブは、決して悪くないんだよ」



還暦を目前にいよいよ老眼の進んだらしいおじさんは、灯に遺伝したハンサムな顔をしかめ、タブレットを目から離したり近づけたりしながら言った。



「しょせんアマチュアの仕事だろう」



灯がはっとする。

私も驚き、さすがだなと身の引き締まる思いがした。



『セミプロやアマチュアの力って、ほんとバカにならないよ』



一樹先輩がにやりと笑ってそう言ったのは、昨日のこと。

山間でのロケから帰った後、私と灯は先輩から呼び出され、飲む機会を得た。

気の張らない小料理屋で冷酒を傾けながら、先輩はゼロの作品群の鋭さ、制作費のミニマムさの秘密をあっさりばらしてくれたのだ。



『内緒だよ?』

『そんなあっさり暴露しといて、なに言ってやがる』

『だってどうせお前、うすうす勘づいてただろ』