恋色流星群

18


久しぶりに見る要さんは撮影用のヘアメイクのせいか、思い出よりもずっとシャープで。

初めて見る仕事顔は、違う人のように男っぽかった。




オールバックにあげた前髪に、不釣り合いな甘い眼差し。

色っぽい、かも。
この人、こんな表情もあったんだ。




あの夜と同じとろける笑顔と甘く響く声は、相変わらず私の心臓を不規則にする。








「どうしてここにいるの?」


プールサイドにしゃがみ込み、私を見下ろす。
溶かすような、眼差しで。


『かくかくしかじかありまして♡』

「なにそれ。笑」


右手で隠す顔の下半分が、私の想像どおり嬉しそうだったらいいのに。






「今日はよろしく。理沙子ちゃんにこんなことまでできるなんて、知らなかったよ。」

『要さんが、教えてくれるなら。』


一瞬、鋭く光を持った瞳はすぐに柔らかさを取り戻す。


「すっごい、やる気出た。笑」






「カメラ回りまーす」というスタッフさんの声で、「よろしくお願いします」と微笑み、撮影開始の定位置に戻って行く。







本心だった。

私に女優ができるかなんて、全く自信はないけど。




要さんが教えてくれるように、要さんが望むように動くから。

要さんが輝けるように、今宵は私が星になるから。




















月の光が輝くなか、要さんが女(私)に誘われるようにプールに入水する________

という、ほんとに冒頭のシーンまではわりとすぐ終わったんだけど。





その後が、なかなか進まない。

要さんが、女(私)と戯れながら歌うシーン。


夜が始まった ますます冷たい水の中で、私たちは2人。かれこれ4時間は向き合っていた。
カメラが回ったと思えばカットの声がかかり、再開したと思えば、またカットが入った。


要さんの動きや表情は、時間の経過とともに固くなるように見えて。


何よりカットがかかるたび

「あー、ごめんね・・・」

と申し訳なさそうに眉を寄せ、目をそらし私からグッと離れた。




私はというと。

正直、体が冷たくて震えをグッと堪えているような状態。
撮影って、こんなに時間がかかるんだ。

もしかしたら。

ほんとにもしかしたら、私あんまりもうもたないかも________




そう思っていたら。

また「カット、一旦2人上がってください」の声が聞こえた。





瀬名ちゃんがバスタオルを広げて走ってくる。抱き抱えるように私をプールサイドへ引き上げる。


「理沙子さん、めちゃくちゃ冷たい・・・!」

泣きそうな声で、私をぎゅうぎゅうに抱きしめる。


『意外に平気だから、大丈夫だよ。笑
私、もともと体温低いから。』


ヘアメイクさんが、赤いリップを塗り直して。スタッフさんが、季節外れのヒーターを寄せてくれる。

振り返ると要さんはまだ水の中で。プールサイドから話しかける監督さんの話に、何度も頷いていた。









「林さん、これから一旦カメラ止めます。方向性変えて、撮ってみることにします。
もう台本はいいんで、2人で自由に動いててもらえますか?
いい感じになったら、こちらで勝手にカメラ回しますんで。」


スタッフさんの説明に頷いて。

バスタオルを外し、瀬名ちゃんの手を離し、またプールに向かう。







監督さんの方向転換から、タイムリミットが近づいてることを感じた。
こんなにたくさんの人が、一切の妥協を見せず自分と戦ってる。


いくら素人でも。私もみんなと同じように、最後まで戦う。







頭の中にはただ一つの使命。

要さんがやりやすいように、私が空気を変える。

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