黒胡椒もお砂糖も


 疲れてるにもほどがあるな。何で営業職選んだんだろ、私。女性営業の華やかさ、皆無でしょ。

 でも出来ることがこれしかなかった。事務職の経験は無しの私が、一人で生きていく道は。

 洗面所で手を洗って自席に戻った。

 保険会社の記念月、11月戦真っ只中の10月なのだ。それで、出だしの遅れまくっていた私は今日ようやく1件目をいれたところ。もうちょっと喜びに浸ってたいが、笑顔の上司が帰社した私に言った言葉はこれだった。

「良かった、1件目ね!でもまだ実働だから、さっさと次、行きましょう!」

 ・・・・はーい。心の中でそう言って、片手を上げる。実際にはへらっと笑っただけだった。

 実働とは、成果が1件のことを言う。通常毎月2件は契約を貰えないと、給料が下がる。事務所の営業一人に対する本社からの予算も出ないし、故に上司からの叱責も酷くなる。

 だから営業は皆必死で2件目と3件目を追いかけるのだ。それをこなすまでは夜も眠れない日々がやってくる。

 しかも記念月ともなれば、そのノルマは一気に3倍ほどに跳ね上がるのだ。そんなわけで、今月の目標(と名前を変えたノルマ)は5件だった。

 ・・・5件・・・。想像しただけで眩暈がするわ。出だしが遅かったせいで、あと2週間で締め切りだった。2週間で4件・・・。ううう・・・。奇跡が起こらない限り現状では無理な数・・・。

 そして、奇跡は滅多に起こらないから奇跡なのだ。それは痛いほど判っている。


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