黒胡椒もお砂糖も


 あの日から、夫が出て行ったあの日から、私の人生は色を失ったのだ。

 だけれども、コップ一杯に入れられた水を零さないような姿勢で、ギリギリでも毎日を過ごすこと、目標がなくても今日を耐えること、そして時間が経つのを待つこと、それだけを自分に課してやってきた。

 営業職は、その点気が逸れてよかった。新しいお客さんにどんどん出会えるし、珍しい場所にいくことだって出来る。恨み言を胸の中で繰り返すなら、ノルマの事を考えて頭の中をいっぱいにする方がいい。別れた夫との日々を振り返って涙に濡れるよりは断然いい。

 そう思って頑張ってきたのだ。

 大丈夫、大丈夫だと言い聞かせて。

 そして1年半がようやく経って、最近気付きだしたのは、痩せこけて、干からびた、トゲトゲした一人の女である自分。

 食欲が出ないままで砂のような食事を一人でしてきた。それが栄養に変わるとは思えない状態で。契約を貰えたときだけ、少し、味がするような、そんな生活をしてもう1年半なのか。

 私は痩せた肩を自分の手で撫でてそう思った。



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