黒胡椒もお砂糖も
「結構です!」
また手を出したけど、それも避けられた。高田さんの美しい口元にはこれまた美しい笑み。そんな超レアな光景にも感動する暇なんてなく、私はここ一番の悪夢から逃げるべく必死に頑張っていた。
「高田さん!」
「はい?」
「返してください!」
「処置、させてくれますか?」
「お断りします!」
喋るんじゃねーかよ、お前!!もう心の中では暴風雨だった。警報もバンバン鳴り響いている。
これではパッと見、ただのじゃれている成人男女だ。
ちょっとちょっと、何でこんなことになってるのよ~!もう10代とか20代じゃないんです!32歳のバツ1なんです!こんなことしたくないんです~!!
私の心の叫び(阿鼻叫喚だ)は神様に届いたらしい。
その時後ろを通りかかった掃除の方の足音に高田さんが気をとられた瞬間に、私はマニキュアの奪取に成功した。
「あ」
高田さんの声が聞こえたけれど、無視だ無視!自己新記録でヒールに両足を突っ込むと、鞄を引っつかんで出口へ向かって一目散に駆ける。
もう無言で振り返ることなく突っ走った。
無理無理無理無理~!!
運動不足の体を叱咤激励して駅まで全速力で走る。
滑り込んだ電車のドアに頭をつけて、荒い呼吸を整えた。
くっそう、平林!覚えてろよーっ!!
家に帰るまで、控えめに言っても脳みそ沸騰状態だった。