仮病を使おう!
適当って、何?
「うう・・・眩しい・・・」
 昨日、カーテン閉めて寝なかったっけ?ここ、どこだっけ。私、何してたんだっけ。・・・今何時?夜に絵を描いてて、目覚ましかけて寝たはず・・・ん?
「ギエ~」
 もっ、もう八時だよ!全員集合しちゃうよ!委員会九時からなのに。絶対間に合わないよお。
「鞠、さっきからあくびしすぎ」
「京子ちゃん、ガムテ取って・・・って元気じゃん」
「あのあとね、彼氏から電話あってね、仲直りしたんだもーん」
「よかったね・・・」
 私の助言は・・・?私の時間を返して~・・・。ぼんやりした頭の中でしくしく泣きながらも、校門に取り付ける文化祭用の入場門を作り続けたのであった・・・。
「うう・・・眠い」
「いつも早めに来てる鞠がどうして今日は遅刻?」
 いや、君の電話も遅刻に一役買っているのだがね・・・。
「昨日部展用の絵を描いてて、あんまり寝てないんだわ」
「そんなの適当にやっとけばいいのに。あたしなんて三時間で終わったよ?」
「適当って・・・」
 それができれば苦労はしないよ・・・。双子座のA型はそれができないんだよ、多分。
適当って何?適当って、どうやったらできるの?答えを探して旅にでもでようかな。永遠のテーマになりそうだよ、このままじゃ。
 Am10:30~12:00 executive committee

「あれ?鞠、マック寄ってかないの?みんなお昼食べてくってよ?」
「予定ができちゃって。あ、バス来た。行くね、じゃね」
「うん、明日~」
 京子たちと別れてバスに揺られて自宅まで。眠気がまた私を襲う。昨日は一体いつ寝たんだろう。このままずっと寝ていたい。何もなかったら家に帰って寝られるのにな。恨むよ梅原先輩・・・それよりも、断りきれない自分を。
 忙しくてやめちゃったピアノも再開したいのに。小説も書きたいのに。絵も最後の仕上げをしたいのに。図書館から借りっぱなしの本も読みたいのに。犬の健三郎も洗ってあげなくちゃ。洋服も、二年生になってから買いに行ってないし、それよりなにより、ぐっすり寝た記憶がないよ。全部全部、人のせいにしちゃいたいけど、一番どうしようもない自分を、誰かに止めて欲しい。
「遅れちゃってごめんなさいっ」
「いいんだよ、僕も来たばっかりだしね。さあ顔を上げたまえ。今日も一段と可愛いね」
「は、はあどうも」
 梅原先輩の私服を今日初めて見たわけだけど、どうなのよ、これ。ものすごくサイケデリックな派手シャツ(襟はたててある)に、ぴったりした白いベルボトムパンツ(フリンジ付き)。足元はヒールつきの編み上げブーツって・・・。今にもディスコ(クラブではけしてない)のミラーボールの下で踊りだしそうだよ。ああ恥ずかしいよー。一緒に並びたくないよー。
「ど、どこ行きます?」
 目があわせられない・・・。っていうか直視できない、彼を。
「映画のチケットがあるんだ。どうしたの?午前の実行委員会で疲れたかな?」
「ええ、多少・・・」
「これを見れば、疲れも吹っ飛ぶと思うよ」
「・・・『ウケケ星人の逆襲』?」
 渡されたチケットに書いてある摩訶不思議なタイトルと絵。やっぱり来るんじゃなかった、と気付くのはもう遅い。
 Pm2:10~6:00 Person association

「食事はまかせたまえ。いいところを予約してあるさ」
「ごめんなさいっ、私、このあとバイトなんです。代わりの人がいなくて休めなかったんです~」
 代わりの人がいたとしても無理矢理やってやるわ!早く、一時も早くこの場を離れたいぃ。
「そうか、それは仕方ないね。今日は君と一緒にナイスタイムを過ごせて僕は幸せだったよ。また誘ってもいいだろう?」
 嫌、絶対に嫌。ダメって言って、私の口っ。
「はい・・・」
 私は力なく呟いた。
「じゃッ」
 早くこの場を離れるのよっ。振り向かずに早歩きっ。なんという時間の無駄遣いをしてしまったんだ・・・なによなによあのウケケ星人って、どうして宇宙人がたこ焼き屋でバイトしてるのよっ。キーッ。
 プンプンしながら横断歩道を渡ろうとした時、信号が赤に変わってしまったのを怒りとウケケ星人のせいで気付けなかった。
「危ねえっ」
「え?きゃあっ」
 道路側に一歩踏み出した私の体は、どこからか伸びてきた腕につかまれたまま半回転した。
何、何、何が起こったの?私の前を、猛スピードのトラックが走り去る。
「轢かれるぞ。ちゃんと前見てろ」
「すみませんっ」
 反射的に腕の主の顔を見上げると、自分と同年代くらいの男の人が、一六八センチある私を見下ろしていた。
 か、かっこいい。その人は私とは違う高校の制服を着て、短くて茶色い髪の毛で、整った顔立ちをして(韓流スターのビッグバンのなんとかって人に似てる)いる。私は言葉を失った。
「何じろじろ見てんだよ」
 テノールの声で不機嫌そうに私に言うと、
「顔、白いぞ。ちゃんと食えよ」
 って付け加えた。そして腕を放し、スタスタと横断歩道を渡って人込みに消えた。しばらく、ドキドキして動けなかった。お礼、言うのを忘れちゃった。やっと我に返って歩き出してから、そう気付いた。
今日、初めて出会った人も、敷き詰められた時間の中に消えていく。まっすぐに、今しかできないことをやっていれば、いつか必ず幸せになれる。そう信じて生きてきた。
「下野さん、下野さん、」
「は、はいっ」
「ぼーっとしないで」
「店長、シモツケです」
「ホラ、コーヒー二番テーブルに持っていって。お客さん待ってるよ」
 小学生の頃から、大人になったら可愛いエプロンをかけてトレーを持ってコーヒーを運びたかったんだ。最初は緊張してずっとドキドキして、新鮮だったな。いつからこんな風に面倒臭い、疲れた、しか思わなくなったんだろう。いつから私はため息ばかりつくようになったんだろう。
 Pm5:00~9:00 Part-time job

「下野さん、あがっていいよ」
「シモツケですっ」
「ハイハイ、ご苦労様」
 早く家に帰って、絵を今日中に描き終えないと。終わったら小説を書いて、あ、文化祭のパンフレットの下書きもしなくちゃ。そういえば、英語と数学、来週の頭に小テストだ。受験する大学も決めなくちゃいけない。
「ただいまっ」
 壊すくらいの勢いで家のドアを開け、そのまま部屋へ直行。鞄をソファに投げて、着替えもせずカンバスにかけていた布を払う。
部屋が汚れるから本当は美術室でやりたいけど、時間がないから部屋に絵を持ち込んで床にビニールシートをひいて油絵を描く。
「鞠、ご飯はー?」
「ごめん、いらなーい、朝食べるから」
「朝だって食べていかないでしょ、体壊すわよ!」
「わかった、あとで食べるー」
 口だけ動かして返事をすると、油染みだらけの白衣を羽織って絵に向き直った。
「おい、」
「桃太郎、今は入ってくるなーっ」
 私は振り向かずに言った。部屋は、本やら文房具やら洋服やらで足の踏み場もない上に、青いビニールシートで滑りやすい。
「姉ちゃん最近さ、」
「あーっそれ踏んじゃだめっ」
「え?」
 ズテンという弟が床にひっくり返った音と、ぐにゅう、って嫌な音がして、弟の足元にあった絵の具がビニールシートの上に広がった。
油絵の具があぁ・・・。ぐにゅって、ぐにゅって・・・今から出そうとしていたやつだったのにーっ。
「いてててて・・・あ、出ちゃった」
「出ちゃったじゃないわよ。どうしてくれんのよ」
 私は椅子から立ち上がって桃太郎に向き直った。イライラが、体の隅々まで伝染していくのを感じた。
「いいじゃん、また買えば」
 キョトンとした無邪気な顔で、何も悩みがないような顔で、桃太郎は言った。その顔を見ていたら、あたしはわけもわからず叫んでいた。
「買う暇がないから言ってんじゃないのよ!用もないのに人の部屋に入ってこないで、暇人!」
 桃太郎の顔から、急速に色が消えていくのを、疲れた目の中に映した。叫んで、また体力が失われていく。エネルギーがない。補給するところがない。
「最近姉ちゃん変だから様子見に来てやったんじゃねーかよ。バーカバーカ」
 バタン、と思いっきりドアを閉めて、桃太郎は出て行った。
言い過ぎちゃった。私のイライラを、何の罪もない桃太郎にぶつけてしまった。何で私、あんなこと言っちゃったんだろう。
 桃太郎が投げ捨てるように置いていったミルクチョコレートを見つめた。私はいつから自分のことしか考えられないバカになっちゃったんだろう。いつからこんな・・・。ため息をつきそうになるのを必死でこらえて、そしてまた、絵に向き直った。
Pm10:30~am2:00 The picture is drawn
恐ろしい夢を見て起き上がるソファの上。体の上には毛布がかけられていた。お母さんかな。どんな夢を見ていたのかは思い出せないけど、何かに追いかけられる夢で、全身にびっしょりと冷や汗をかいていた。後味の悪い夢の余韻は、疲れていることを体が伝えたがっているように感じた。
 それでも私は起き上がって、カンバスを部屋の隅におしやり、机に向かって英単語帳を開いた。
 Am2:15~4:00 studies
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