私に恋してくれますか?

桃の節句。

3月に入った。

足立先生は週に1度くらい
「お義父さんからの伝言がある。」と私を呼び出し、一緒に食事をした。
ルピナスに休職届を出したり、母が焼いたお菓子を届けてくれたり、
水城さんが見つけたマンションを見に行ったりした。

水城さんが見つけてくれるマンションはものすごく高級な物件で
私のお給料ではとても手が届かない。
父が部屋の賃貸料を払ってくれると言うけど、
決心がなかなかつかない。
まだ、トオルくんにこの家を出て行くと言っていないし…
私はトオルくんのそばにいたいって…
ニセモノの恋人としてでもそばにいたいって…そう思い始めている。

足立先生からの呼び出しは、
きちんと伝言がある事もあったけど、食事だけする事もある。
でも、私と、父を繋いでくれる存在なのは確かだし、
足立先生は
「俺は楽天家なんだ。会っているうちに、雛子ちゃんは俺と結婚しても良いかも。
って、思うようになるよ。」と食事をしながらのんびり笑いかける。
私の手を握って歩くけれど、それ以上は近づかない。

大きな綺麗な手。長い指。
きっと、繊細な手術に向いているのだろう。
トオルくんの無骨な無造作な手とは違う。

でも、トオルくんの手は暖かくて、
私はとても安心する。

「あいつと別れたら、言ってね。
他の男にさらわれる前に捕まえるから。」と楽しそうに笑う。


トオルくんは足立先生から連絡がある度に、
不機嫌な顔を見せるけれど、
足立先生は紳士的な態度で、食事だけして(マンションを見た後に食事の時もあるけど)
送ってくれるので、
文句を言うわけではない。

第一、トオルくんは本当の恋人ってわけじゃないし、

文句を言う筋合いではないって事だろう。


トオルくんは仕事中に時折私を引き寄せ、
何も言わずにギュッと抱きしめてくる。
以前よりも抱きしめる力が強い気がするって思うのは気のせいかもしれない。
左近さんと、桜井さんに私が恋人だって、いっているんだと思うけど、

私はそれだけで、ドキドキして、胸が苦しい。
真っ赤になって下を向いていると、
頭をそっと撫でてトオルくんが離れて行く。





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