【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

因縁のふたり

 ――夜の#帳(とばり)が静かに幕引きを行っているころ、鴉(クロウ)の纏っていた輝きが役目を終えて光を失いつつあった。それと同時に力を取り戻し始めたティーダの意識がゆっくりと覚醒し、生命のみなぎるその身体は人型へと姿を変えていく。

「…………」

 ヴァンパイアの国に日の光は届かない。
 朝も昼も夜も変わらず巨大な月が輝いて、一面を覆う漆黒の闇は色彩そのものを飲み込んでしまうほどに深いものだ。

(……夜が、明ける……? 俺は夢でも見てんのか……?)

 朧げな意識のまま体を起こそうと手足に力を込める。……が、そこで異変に気づいた。

「なんだ、これ……」

 自身を拘束している帯状の文字列へ視線を走らせるも解読はできそうにない。諦めて右手を持ち上げようとしたそのとき、淡く輝いた文字列が血脈を止めるかの如く、きつく体を締め付けてきた。

「……っ!?」

 びくともしない謎の拘束具にただならぬ予感が脳裏をよぎると同時に、視界の端で揺らめいた人影に息を飲む。

「貴様がどうにかできるようなものだとでも思ったか?」

 ヴァンパイアの王の紅の瞳さえ凍てつくほどの視線と容赦のない罵声が頭上から降り注ぐ。

「……!」

(……よりによって一番会いたくねぇやつがっ……)

「声を上げたら殺す。呼吸をしても殺す」

 無理難題を押し付けてくる銀髪の王に、囚われの身となったティーダはその眼光をもって抗議の声を上げた。

「ざけんなっ! てめぇは俺をブチのめしたいだけだろうがっ!!」

「――……」

 キュリオは自身の細胞ひとつひとつがヴァンパイアに対する嫌悪感からどす黒く染まっていくのを感じた。民を大虐殺された過去を持つ悠久の王が、仇であるヴァンパイアの王を救ったことが大きな間違いであったと自らの愚行に腸(はらわた)が煮えくり返る。
 そして次の瞬間、キュリオの指先から放たれた一筋の光がティーダの喉元を掠める。

「貴様の耳はどうやら飾り物のようだな。仕方あるまい。このまま死ね」

 躊躇いもせずさらに近づいたキュリオにティーダは為す術もなく歯を食いしばる。

(アオイにも満足に触れてねぇっつのに……こんなとこで死ねるかっ!!)

 だが、気合でどうにかなるほどの相手ではないことをこの王は知っている。
 忌まわしきヴァンパイアから民を守ろうとする悠久の王の信念はかなりのものだ。崇高な目的を胸に秘めている悠久の王は、五大国の中でも常に上位の地位へと君臨し、害を及ぼすヴァンパイアらをけん制していると言っても過言ではなかった。故に真っ先に消滅させたいのはヴァンパイアの王であり、キュリオはいま、ただそれを実行しようとしているに過ぎない。その生涯が数百年にも及ぶヴァンパイアはあまり生に執着する者はおらず、悠久の人間に殺されたところで不運程度にしか思わない。かつてのティーダも恐らくそのひとりであったのだが、日々の楽しみを見つけてしまった彼は懸命に抗う様子を見せる。

 ――そんな刹那、張り詰めた空気を打破したのは赤子の泣き声だった。

「ひぎゃぁああっ!!」

 いままでに聞いたことのない泣きわめくその声はキュリオの動作を中断するにはあまりに十分だった。

「……っ!」 

 胸をざわめかせた銀髪の王が室内へ走ると、天蓋ベッドの幕の向こうで激しく手足をバタつかせるアオイの姿があった。

「アオイッ……」

(このような泣き方は初めてだ)

 どこか痛むところでもあるのかと抱き上げてみるも、その小さな体に異常は見受けられない。

「ぎゃぁああっ!!」

 もはや手がつけられない状態までに激変した愛娘の姿にキュリオは心当たりを探ると一抹の予感にハッとさせられた。
 アオイはウィスタリアの襲撃時に一度ティーダと顔を合わせており、あくまで仮定に過ぎないが、その命を救われている可能性が高いのだ。

(……アオイがもし、奴の気配を認識しているとしたら……)

 赤子にそのような力が備わっているとは考えにくい。しかし、ダルドの魔導書が彼女に反応したことでその素質が眠っていることは証明されたようなものだ。それがキュリオらの殺気に刺激を受けて一時的に開花した可能性もある。

「……そうか、お前は奴の血が流れることを望んではいないのだな……」

(アオイが奴に恩義を感じているとすれば、悪者は私のほうか……)
< 22 / 168 >

この作品をシェア

pagetop