【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

罪の意識 <二の女神>スカーレット登場

「…………」

 一度だけ振り返った先ではキュリオがカイとアレスへそれぞれの武器を手渡している真っ最中だった。
 受け取ったアレスはその責任の重さを実感しながら杖を握りしめ、カイは見習いの木製のものから卒業できたことに浮かれている様子だった。

「お、俺の剣だっ!! かっけぇえっっ!!」

「そういうことは思ってても声に出さないでよ……恥ずかしいなぁ」

 口を開けば全く真逆なふたりは良きコンビとしてこれからアオイと共に歩むことになる。
 冷静で頭脳明晰なアレスは主に学業を。明朗快活にして体力の有り余るカイは遊び相手として大活躍し、悠久の姫君と絆を深めていく。

(カイ、アレス……頑張れよ)

 フッと優しい笑みを浮かべたブラストは若い門番とともに静かに扉を出て行くと、来客が待つという稽古場へと足を運んだ。

「――お待たせして申し訳ない」

「ブラストか。今朝はやけに静かだな」

 その中心に佇む人物は手にしていた剣を音もなく鞘へ納めると赤い短髪を風に靡かせながらゆっくり振り返った。
 端整な顔立ちに切れ長の瞳。長身で細身の体に纏うのは彼女の色である"赤"を基調とした立て襟の正装で、女性の好むリボンやレースなどはどこにも見受けられず、そのドライな性格も相まって中性的な印象を強く受ける人物だった。さらに艶のある低い声がなんとも悩ましく、虜になってしまう女性が続出したことから、その対策として数年前より……とあるものを身に着けるようになった。胸元に光るブローチが見紛うことなく女物であることから、この麗人へ心を奪われそうな女たちがようやく踏みとどまるようになったのをブラストは知っている。

「……はい。詳しく申し上げられませんが……いまは重要な集まりの最中なのです。……それと、例のことでしたらキュリオ様は、もう……」

「タイミングが悪かったか。
しかしそうも言っていられないさ。ウェスタリアの犯した罪は許されることじゃない」

「……スカーレット殿……」

 ブラストの目の前にいる"二の女神"こと、女神一族直系の次女スカーレット。
 このときの年齢、二十一と言われているが……アオイと巡り合う十数年後も変わりない若さと美貌を誇るのも、女神の血が色濃くでている彼女ならではなのかもしれない。

 自慢の鍛えた剣の腕などこのような場では全く役に立たず、言葉に詰まってしまったブラストは"このような場面では弁が立つ魔導師のほうが適役なのだろうな……"と今さらに思い知らされる。

(賢いスカーレット殿に納得していただくには俺では役不足だな……)

 ブラストが半ば絶望しかけたところで、これ以上にない適任者がのんびり姿を現した。

「若い者がこんなところでなにをしておる。暇なら年寄の散歩にでも付き合ったらどうじゃ?」

 白く長い髭を蓄えた口元は説教臭い言葉を紡いでいても、穏やかに口角は上がり、温かみのある声となってふたりのもとへと届いた。

「これは……ガーラント殿、挨拶もせず申し訳ない」

 思い当たる声に振り向いたスカーレットは片手を胸元に添え、優雅に頭を垂れる。

「堅苦しい挨拶は抜きじゃ。ほれ、ブラストも付いてくるのじゃ」

「……ご一緒させていただきます」

 ブラストは内心ほっとしながらも、タイミングの良過ぎる大魔導師の登場に焦りも生まれる。

(まさかガーラント殿はキュリオ様の命を受けてここへ……?)

 大魔導師の半歩後をスカーレットが歩き、その数歩後ろをブラストが続く。
 やがて果実がたわわに実る庭の一角へ辿りつくと、ポツリポツリと話しはじめた白髪の老人。

「……さて、なにから話そうかのぉ」

「…………」

(やはりガーラント殿が現れた理由はそれか……)

「ガーラント殿、どうにかキュリオ様にお目通りできないだろうか」

 頭上の赤い宝石のような果実に目を向けていた大魔導師の言葉を待たずにスカーレットが申し出る。
 ブラストは王の右腕と言われる大魔導師の登場で直談判に出た<二の女神>を目にし、彼女の謝罪したいという気持ちがよほどのものだと痛感した。

「そう焦るでない。お主(スカーレット)がここに居ることはキュリオ様はとっくにご存じじゃ」

「……さすが王の御膝元となれば優秀な家臣が揃っておられる。……それとも私が嫌われているから、か……」

 どうやらスカーレットは従者からキュリオへ話がいったと勘違いしているようだ。それも邪見にされているが故にその報告が速いのだと考えばかりが先走っていた。

「まぁ待たんか。キュリオ様はお主が来た報告は受けておらん。ブラストからおおよその話は聞いておろう?」

 順を追うように話しはじめたガーラントは長身の女神の言動を制止しながら見あげて続ける。

「例えばこの果樹。所有者はもちろんこの庭の主、キュリオ様じゃ。
だからと言って触れることを禁じられているわけではない。この城の者ならば当然勝手もわかっておる。むやみやたらに傷つけて実を落とすこともなかろうて」

「……はい」

 まだ彼の言いたいことが掴めずにいるスカーレットはただ頷くしかない。
 この大魔導師がキュリオの言葉を代弁しているであろうことに違いはなく、その奥にある真意を彼女なりに理解しようとしているのだ。

「大地に生きる鳥や虫はもちろん別じゃよ? そこまでどうにかしようと思われるお方ではない。……問題はこの木や実を荒らそうとする"よそ者"のことなのじゃよ」

「この実が大切であればあるほど、よそ者が近づくことをキュリオ様は良く思わん。だからと言ってここで四六時中見張っておくことも不可能じゃ。じゃあどうするか? この木全体を網で覆ってしまうんじゃよ」

「…………」

(そういうことか……。木は城を意味し、果実はこの城の従者……それらを覆う網は恐らくキュリオ様の魔法か何か……そして"よそ者"は……)

 ここでスカーレットはキュリオの怒りにようやく気づく。
 広大な王宮の敷地へ一歩足を踏み入れればそこはもうキュリオの包囲網にあり、人を伝達するよりも早く本人に知れるというわけだ。

「良からぬことが起きれば起きるほど網は強固になり、無理に突破しようとすれば罪に問われることも然りじゃ。終いには何者をも通さんようになってしまうじゃろう」

「それを無くす方法は……、償う手立てはありませんか?」

「"信頼"と"時間"しかあるまい。今、キュリオ様のお心を煩わせている問題は既に起きてしまったのじゃ。遥か創世の時代築かれた"信頼"が牙を剥いたとあらば尚更穏やかではないだろうて」

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