【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

嵐の前の静けさ

「…………」

(私の力が作用しなかった場合、次の手を考えなくてはいけないな……)

 エデンを見送ったキュリオが向かった先は、アオイとダルドを待たせたすぐ下の階の広間だった。
 颯爽と歩く王の姿を目にした従者が恭しく頭を下げながら扉を開く。

「おかえりなさいま……」

 入口付近で待機している数人の侍女らが迎えにでたが、その奥にいる人物の声が彼女たちの声を遮った。
 
「おはようございます! キュリオ様!!」

 タタタッと小走りに駆けよってきた幼子がふたり。
 すると、彼らの姿を目にしたキュリオの顔がわずかに綻んだ。

「おはよう。カイ、アレス。よく眠れたかい?」

「はいっ! ……昨夜はお見苦しい姿をお見せしてしまって申し訳ございませんでした」

「ほんっと楽しかったな! お、俺! あんなに遅くまで起きてたの初めて! ご馳走もすんげーうまかったし!」

 アレスは子供ながらも大人顔負けの挨拶を返してくるが、カイは相変わらず屈託のない言葉と表情で思ったままを伝えてくる。

「アレス、気にすることはない。祝いの席で大切なのは楽しむことだ。君たちの陽気な声がアオイへの祝いの言葉となるのだから」

「あ、……ありがとうございますっ!!」

 感激に頬を赤らめている魔導師の隣では「アレス、なに照れてんだ?」と、首をかしげているカイがいる。対照的なふたりの成長が楽しみなのは彼らの師だけではなく、キュリオも同じだった。

(このふたりならばアオイと打ち解けることは容易だろう。兄と妹のように遊ぶ姿が目に浮かぶ……)

 そう遠くない三人の未来へ思いを馳せて胸が躍るも、同時にこの手からアオイが離れてしまう寂しさに胸が軋んだ。
 
「きゃぁっ」

 すると、先ほどのキュリオの言葉に賛同するような赤子の嬉しそうな声があがって、人型聖獣のダルドが現れた。

「おかえり、キュリオ」

「戻るのが遅くなってすまない。アオイの面倒ばかりで君の食事の手が止まってしまっただろう。新しいものを用意させよう」

 命を受けた侍女らが広間を出ていくと、キュリオはダルドの胸に寄りかかっているアオイへ「おいで」と腕を伸ばした。

「僕は大丈夫。……キュリオの食事が終わるまでアオイ姫を抱いていてもいい?」

「……君が迷惑でなければ構わないが……」

 行き場を失った両腕を下ろしたキュリオはアオイの頬をひと撫ですると、名残惜しそうに視線を絡めてから自席へと移る。
 ほどなくして、代わりの食事が並べられると――……

「……キュリオ、このあと用事あるの?」

「うん?」

 珍しく目を丸くしているダルドにキュリオが手を止める。

「……急いでいるように、見えたから……」

「…………」 

 言われて気づく。

"キュリオの食事が終わるまでアオイ姫を抱いていてもいい?"

 食事が済めばアオイがこの腕に戻ると考えたキュリオは手を早めていたようだ。

(無意識とは……恐ろしいものだな)

 "一刻も早くアオイを返して欲しい"……などと言えるはずもない銀髪の王は、一瞬の間に言い訳を思いついた。

「あぁ、……ひとつ返事を待っている案件があるんだ。場合によっては――……」

 とまで言いかけたその時。

「――――ッ!?」

 日の光が満ちる室内が暗く感じるほどに眩い輝きがキュリオの前に突如現れた。
 
「な、なんだっ!? なんかの魔法かっっ!?」

「キュリオ様! ご無事ですか!?」

「…………」

 焦りの色を滲ませた従者がバタバタと駆け寄ってくるのを片手で制止したキュリオ。そこには"理解出来ぬ何かを見た"ような硬い表情をした銀髪の王がおり、事情を知らぬ者たちは輝きの中心にある物と王とを見比べて戸惑っている。

(なぜここに私の羽が……。なにが起こっている……エデン)

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