【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

運命に関わる者として――

「……ねぇ、キュリオはここじゃないどこかに行きたいと思ったことある?」

 星空を見上げながらダルドが独り言のように呟いた。
 
「それは悠久の国ではなく……という意味かい?」

 彼の言葉に不意を突かれたように上空を見上げていた空色の瞳がダルドへと降りてくる。

「……ごめん。悠久の王様じゃなかったらなにがしたかった? って僕は聞きたかった」

完璧ではないダルドの言葉にもキュリオは穏やかな表情で相槌を打つ。
 悠久の王としてこれほどの適任者などキュリオ以外に考えられないが、もし他の道を選べたとしたら、この銀髪の王は何を望みどう行動していたかという素朴な疑問をダルドは抱いていた。

「……私はこの国の民と<先代>王であるセシエル様の御力になりたいと、そればかり考えていたからね。王になっていなければ、ずっとセシエル様の傍仕えを望んでいただろうな」

 遠い昔を思い出すように記憶を辿るが、それ以外の望みを持ち合わせていた記憶はどこにもない。

「前の王様はセシエル様っていうんだね」

 百年以上生きているダルドとて、六百年近くも前の人物を知っているはずがない。むしろこの世界でセシエルに実際会ったことのある人物は、キュリオと<夢幻の王>エクシスくらいのものだ。歴史書を開けばすぐに分かることだが、彼は王という存在を崇めているわけではなく、キュリオ個人へ敬慕の念を抱いているだけなので尚更疎い。

「ああ、私が目標としている御方だよ。セシエル様に私はまだ遠く及ばない」

 夜空を彩る無数の星を見上げながら、その中心で眩い光を放つ月へと手を伸ばしたキュリオ。
 
「そのひと……セシエル様はキュリオより強いの?」

 キュリオに命を救ってもらったダルドにとって、彼こそが絶対的な悠久の王に違いないが、その彼がそうまでいう人物はどんな人間なのだろうと興味が沸いた。

「もちろん強いさ。誰よりもこの国を愛し、揺るぎない信念を持っていた御方だった」

(セシエル様に力の衰えは見えなかった。それどころかその御力は輝きを増す一方だった。なのに何故……)

 キュリオが次代の王であることを伝え、その後は育成に力を入れた彼はその十年後突然退任し、突如姿を消してしまったのだ。

「……僕はキュリオの方が強いと思う」

「うん?」

 銀色の瞳が真っ直ぐキュリオを見つめている。

「だってキュリオは優しいから。
だから僕もアオイ姫もキュリオが王様の時代に生を受けたんだ。きっと僕たちを助けてくれる……そんな優しい王様だから」

「……!」 
 
 驚いたように目を見開いたキュリオ。ふたりの髪が緩やかに漂い、麗しい青年が互いに見つめ合う。
 自身の行いは王として当然のことだったと認識しているが、そう思ってくれるほどにダルドにとっては大切な出会いであったのだと、その純粋な瞳から真っ直ぐに伝わってくる。
 そしてアオイにとってもそれは同じで――

「んぅーっ!」

 静かに星を眺めていたアオイが突如、ダルドの言葉に同調するように満面の笑みではしゃぐ。
 ふたりの視線がアオイに向けられると、アオイもダルドとキュリオの瞳を交互に見つめながら嬉しそうに手足をバタつかせた。

「ふふっ、ありがとう。ふたりとも。
そうか、私は君たちを助けるためにこの時代の王になったのだな」

 おそらくダルドは、実力的な強者が素晴らしいわけでないと言いたかったに違いない。
 その意図を汲んでなお、キュリオはとても嬉しく思う。

「セシエル様が君たちを見捨てるとは思えないが、これが運命であると言わずしてなんと言おうか」

 キュリオの言葉にダルドもアオイも目を細めて笑っている。

 ダルドのように獣から人型聖獣へと変化した者はキュリオとて初めて見た。それほど稀な進化であり、過去の見聞からも数えるほどの事例しかないため、自分が出会うとも思っていなかったほどだ。
 そして、どこから来たかもわからない出生不明のアオイ。
 もしすぐに彼女の親が見つかっていれば……或いは一時の出会いであったかもしれない。しかし、このまま親が見つからなければいいと、王らしからぬ想いを抱いてしまうほどにあっという間にキュリオは心惹かれ――。
 アオイの父としてこうして居られる幸せは、いくら敬愛してやまないセシエルにさえ譲れるものではない。

 数奇な運命を背負ったふたりと出会えたこの縁はやはり偶然ではない。

(ふたりが私を選んでくれたのならば、私にしかできないことがあるのかもしれないな――)

 この時の彼らには何の弊害もなく、素晴らしい未来が待ち受けていると誰もが信じてやまなかった。
  
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