肉食系御曹司の餌食になりました

キスが終わると同時に、私の腰からも腕が離れて自由の身になる。

「ご馳走さまでした」と彼はニヤリと笑い、濡れた下唇をペロリと舐めた。

その態度に『やっぱりただの遊びか』と、私は心に呟く。

そういえばこの人、Anneにも『私だけの歌姫にしたい』と思わせ振りなことを言っていた。

紳士的な言葉遣いに隠された本性は、獲物を選ばない肉食獣ということなのか。

私が知らないだけで、既に何人もの女性社員が餌食になっている可能性もあるし、やはりこの人だけはやめておこう。危険が多すぎる。


「亜弓さん、私とーー」

社内とは違う男の顔して、彼がなにかを言いかけたが、「やめて下さい」とその言葉を遮った。


「遊び相手なら、どうぞ他でお探し下さい」


そう言い置いてビルの隙間から出ると、点滅中の信号を走って渡り、急いで客待ちのタクシーに乗り込んだ。


「取り敢えず、車を出して下さい」

「はいはい。お客さん、そんなに慌ててなにかあったんですか?」

「いえ、そういうんじゃないんですけど……」


走り出したタクシーが先ほどの路地の横を通過すると、壁に背を預けて見送る、支社長の姿が見えた。

目が合ったのかも分からない内に、彼の姿は景色と共に後ろに流され、すぐに見えなくなる。


どうしよう……明日からの仕事がやり難い。

彼との企画は始まったばかりなのに、どんな顔して話せばいいのだろう。

北へと走るタクシーの中、唇に触れながら、拒否しなかったことを後悔していた。



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