王太子様は無自覚!?溺愛症候群なんです
第二章 過去と謀略




■1■


巨大な峡谷を挟んでキャンベルで国境を接している東の帝国を、人々はバルバーニという。

バルバーニ帝国とナバ王国を行き来するには、峡谷の南端に沿ってまっすぐに一本だけ整備されたセレナ街道を通る他に方法はない。

そうはいってもバルバーニとナバの間の国交はこの10年ほぼ断裂状態なので、今ではその街道を使っているのも流浪の者たちか隊商くらいだった。

バルバーニ帝国の男児の半数以上は陸軍兵士になるという。

血気盛んな国民性で、決闘を好み、皇位もまた帝国で一番強い戦士が握ることができるものだ。

武器の輸出と領土の拡大によって国力を高めていくバルバーニ帝国の脅威に、ギルモアを始めとした周辺各国はいつも晒されていた。

オオカミと十字がはためくバルバーニの赤い軍旗は、北の大陸の侵略の象徴である。


「このようにナバは当時のギルモア国王からの援護要請に応え、幾度となく王立騎士団を派遣してきました。そのおかげでギルモアは、今日までバルバーニ帝国の侵略に耐えうることができたのです」


シンプルな色合いのドレスを着てブラウンの髪をシニヨンにまとめた家庭教師は、その日の授業をそう結んだ。

ラナはずっと肺の中に溜め込んでいた息をほうっと吐き出し、キティが用意してくれた紅茶に口をつける。

それからすぐに傍らに立つ家庭教師を見上げて訊ねた。


「バルバーニ帝国には、武器の他に輸出できそうなものはないのかしら。たとえば、ナバの豊富な麦のように」

「そうですね。元より商売をするよりも、剣で国を築いてきた者たちですから。耕されたこともない乾いた不毛の大地には、他国へ輸出するほどの食物は育たないのです」


ラナの問いに丁寧に答えた家庭教師は、頬に柔らかな微笑みを浮かべる。
< 45 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop