エースとprincess
3.「彼のこと、いいなって思っているの」
 昼休み終了十分前に講堂へ行くと、あきちゃんと入れ違いになった。ここは十四時までは食堂代わりに利用できることになっていて、大半の人がここで昼食を取っている。
 お疲れさま、と言いながらも現金なあきちゃんは右手を差しだしてたかってくる。私は大久保さんからもらったチョコがあるのを思いだし、そこに置いた。

「泣いてるかもだけど」
「泣く?」
「ああごめん。方言だった」

 ほんとだ、と言いながらももうあきちゃんはチョコを口に放りこんでいる。さっきの件を話したかったけれど、時間がないからまた今度にしよう。あきちゃんと別れて、人のまばらになった講堂の端の席でひとり、コンビニのお弁当を広げた。



 また今度——そう思っていたのに、それより早い機会が訪れてしまった。

「まだ帰らないの?」

 聞いてきたのは瑛主くん。それはこっちのセリフだった。うっかり帰りが一緒になろうものなら昼の話題を蒸し返される気がして、あえて時間をずらそうとしているのに、まだ帰らないんですか。

「もう少しやっていく。お疲れさまです」

 パソコンに向かったまま返事をすると、そばを離れる気配があった。ディスプレイの下に表示されている時間は十九時五十分。室内で残業しているのは私以外に二、三人といったところか。


 瑛主くんはDホテルから戻ってきたあと、外出中の連絡事項を確認し、最後に私にこう尋ねたっけ。

「さっきの誘いだけど、なんだってあそこまで頑なに拒否したんだ? 姫里のイメージと違わない?」

 仕事がたまっていて早く帰社したかったから、とそのとき私は答えた。
 たまっていたのは事実だったけれど、明日中にあげればいいもので特に急ぎではなかったし、残業なんかしなくても余裕で片づくものだった。そっか、と軽く返事をした瑛主くん。あーもう、私だけが一方的に気まずくなっていく。

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