エースとprincess
8.「じゃ、触るよ」
 通りすがりの乗客に大丈夫ですかと声をかけられ、ようやく顔をあげる。なんでもないと笑ってやりすごそうとしたそのとき、その人の背の向こうに瑛主くんがひょこっと顔を覗かせた。作り笑いがすっと引いた。
 親切な乗客は振り返り、瑛主くんが私の連れとわかると、安心したようにその場を去っていった。


「あーもしかして、探させちゃったかなっ?」
 私は急いで立ちあがった。顔はあげられなかった。

「うん」
 瑛主くんは真面目に答える。

「心配させやがってこのやろ、とか思った?」
「……少しは」

 少しかあ、と私は不満げに口を尖らせる。うつむいた顔をあげられない。姫里、と呼ばれてもあげられなかった。
 声を聞いたら気が緩んだ。涙腺が潤んで涙が落ちそう。こういうのってどうしたら収められるんだっけ。目元に手を持っていこうものなら瞬時にばれる。鼻をすすってもばれる。

「姫里。泣かないで」


 なんとかしないと焦っていたら、ずばり言われてしまった。
 半端に差し出された気遣いの手を払い、私は瑛主くんを睨みつけた。

「もうやだ。やだ。やだ」

 見あげた途端、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

「面倒な女と思われたくなかったし、勝手に立ち直るつもりだったのに。なんでのこのこ、こーんなところまで探しにくるの」

「心配だったから当然だろ」

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