五十部印刷した資料を持ち、自分の仕事場へと早足で駆ける。今日は珍しく定時であがれると思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。私はわざとらしく肩を落とす。

 こうなったのも、つい三十分ほど前に、業務日報をまとめて提出しようと部長のところまで持っていったことに起因する。

 そのまま踵を返そうとする私を部長は呼び止め、ついでに明日の会議で使う資料をコピーしておいて欲しいと、なにがついでなのかまったく理解できないまま用事を頼まれてしまったのだ。

 おかげで営業部まで足を運び、指定された資料をせっせとコピーしてまとめた次第だ。

 ざわついたままの気持ちを落ち着かせたくて、深く息を吐く。こんなにも心が落ち着かないのは、定時であがれないからでも、用事を頼まれたからでもない。ずっと直人とのことを考えているのに、答えが出せないからだ。

 直人にとっては、好きな人と結婚することよりも、社長になることの方が大事で、今のところ、それを叶えられるのは、私だけなのだ。

 だから直人のことを思うなら、さっさと結婚すればいい。直人の気持ちはどうであれ、惹かれている気持ちに嘘はない。

 直人の思惑を私は知らないままにしておいた方がいいのだろう。大体、彼がどういう理由で私と結婚したいかは、問題ではない。

 あとは、私の気持ち次第だ。でも、それでいいんだろうか、このまま本当のことを知らないままで。直人が、もしも真実を話してくれるなら、私は――

「三日月、晶子さん?」

 突然耳に届いたのは落ち着いた年配の男性の声。確認するように名前を呼ばれて、私は慌てて振り向いた。