社長の病室の前まで来て、私は再度、深呼吸をする。すると突然、直人に手を握られたので、これには本当に驚いた。急いで隣の彼に視線をやると、その顔は真剣そのものだった。

「しつこいようだけど、俺はじいさんが出した条件を叶えるために晶子と結婚したいわけじゃない。晶子だから結婚したいんだ」

 まったくそんなことを気にしていなかったので、いきなりの直人の告白に戸惑う。けれど嬉しかったのも事実なので私はその手を握り返した。

「うん、分かってる。でも、直人がどんな理由でも、私は直人と結婚したいって思ってるよ」

 そう告げると直人はこぼれそうな黒目を揺らして、おもむろにその目を手で覆った。そして深いため息をついて項垂れるので、その態度に不安を覚える。
 
「え、どうしたの?」

「いや、相変わらず、晶子の不意打ち具合には参るよ」

 不意打ちだったのは直人の方だと思うのだが。意味が分からずに直人を見つめると、直人は覆っていた手を退けて私の方をちらっと見た。

「あまりにも可愛いことを言うからキスしたくなった」

「それは駄目!」

 とっさに否定の言葉が飛び出た。いくら直人が外国暮らしが長いからといっても、ここは病院で外だ。たしかに辺りに人の姿は見られないが、そういう問題ではない。それに、今日はいつもより化粧もきちっとしてるから、ここで口紅を直すわけにもいかないし。

 冷静に考えながら、直人の言葉に私の心は強く揺す振られていた。動揺している私を余所に、直人は腰を屈めて、私の頭に軽く唇を落とした。