次期社長と甘キュン!?お試し結婚
 翌日、私は朝早くから出社していた。人気(ひとけ)のない会社はなんだか別世界みたいで少しだけ心躍る。しかし、今日は躍るどころか緊張で、ずっと胸が痛い。

 目的の場所について、思い切ってドアをノックする。この時間なら、他の人に見つかる心配も恐らくない。中から返事があって私は社長室のドアを開けた。

「おはようございます。三日月です」

「おはよう」

 昨日のことがあっても、現在の部屋の主である宝木さんの表情は相変わらずだった。机に座って、パソコンの画面と睨めっこしている視線を私に移す。

 声のトーンも、この前ここで会ったときと、なんら変わりない。私はゆっくりと彼の机まで近づきながら話しかけた。

「朝、早くにすみません」

「かまわないさ。どうせ、このあと会議が入ってる」

 そう言って椅子から立ち上がり、宝木さんは机を回り込んで、こちらに来た。そして、私は少しだけ距離をあけて、彼の正面に立つ。

「昨日は」

「ひとつだけ」

 彼が続けようとする言葉を制するように、大きめの硬い声を被せた。おかげで宝木さんは訝しげな表情でこちらを見てくる。その視線を受けて、私は一度唇をぎゅっと噛みしめると、意を決してその力を緩めた。

「もしもあなたと結婚するなら、ひとつだけ条件があるんです」

「条件?」

 なにを言い出すのか、と宝木さんの眉間に皺が刻まれる。少しだけ怯んだが、さらに私は続けた。

「もしもあなたと結婚するなら……私、あなたのことを好きになりたいんです」

 最後は早口で一気に告げると、宝木さんは目を丸くしながらも、相変わらず私を見つめたままだった。自分の発言が恥ずかしくなり、その視線を逸らすように伏し目がちになる。

 三十近くの女がなにを言っているんだと思われているに違いない。もう少し違う言い方があったかもしれない。けれども、私は真剣だ。結婚したくなくて、無理難題を言う、かぐや姫になったつもりもない。

 一方的に話が進められて、自分の気持ちがついていかなかった。結婚自体にそんなに夢もないし、譲れないものがあるわけでもない。それでも、
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