「……それは俺に、全力で君を口説けってことか?」

「違います、そういうことじゃないんです」

 面倒くさそうに結論づけられて、私は即座に否定した。

「なら、どういうことなんだ」

「とにかく普通でいいんです。私、宝木さんのことをまだなにも知りません。少しずつでいいからあなたのことを知りたいんです、それで」

「なるほど、恋愛ごっこがしたいわけか」

 その一言に、私はぐっと言葉を飲み込み、代わりに目を閉じて深く息を吐く。お腹の底に力を入れると、思ったよりも低い声が自然と出た。

「恋愛ごっこはそっちでしょ?」

 予想外だったのか、棘を含んだ言い方に、宝木さんが眉を上げた。でもこの際だから私だって言いたいことを言わせてもらう。これで嫌われて破談になるなら、それはそれでかまわない。

「宝木さんって、たしかにそこらへんの俳優さんよりもカッコイイかもしれませんけど、演技は全然駄目ですね。どんなに素敵な声で甘い言葉を囁かれても、目に真剣さもないし、心に響くものがありませんから」

 怒るかと思ったが、意外にも彼は狐につつまれたような顔をして固まっている。私はさっと頭を下げた。

「言いたいことは、それだけです。失礼しました」

 足早に部屋を立ち去ろうと踵を返したところで、いきなり腕を掴まれる。強引に振り向かされると、真剣な顔の宝木さんと視線が交わった。

「俺はなにがあっても、君と結婚しないとならないんだ」

「お祖父様のために、ですか?」

 必死さの滲む声に対し、冷静に返すと、彼の瞳が揺れた。緩んだ腕をそっと振りほどく。 

「少し羨ましいです。……私はあなたみたいに、祖母のためになにもしてあげられませんでしたから」 

 それは嫌味でもなんでもなく、本心だった。そう告げると、今度こそ私は彼に背を向け、部屋を出る。そしてしばらく廊下を真っ直ぐ突き進み、曲がったところで、脱力したようにしゃがみこんで体を丸めた。