イジワル御曹司に愛されています
この胸の音
私の朝はコーヒーをいれることから始まる。

ドリッパーを落として割ってしまってから、なんとなく今のフレンチプレスに行き着き、お湯を注いで放っておけばいい楽さとパンチのある味わいにはまっている。

テレビを見ながらヨーグルトを食べて、たまにバナナやシリアルなんかも食べて、シャワーを浴びて服を着る。

もはや無意識でできていた行動なのに、最近コーヒーをいれるたび、都筑くんの顔が浮かぶ。彼はまた、こうして私の平穏を脅かす。




「千野さん、お久しぶり」

「あっ、お久しぶりです。お元気そうで」


以前お世話になった先生が声をかけてくれた。

都内のホテルで開かれている、業界全体での謝恩会。私たちのような研究機関や関連事業を営む会社が持ち回りで幹事をし、研究職に就いている学者さんたちをおもてなしする会だ。

白髪に長身の先生は、お孫さんが私と同じ大学を目指している、なんて嬉しい話を聞かせてくれて、また別の先生のところにおしゃべりをしに行った。今日はこんな感じで、なるべくいろいろな方とお話するのが目的だ。

ビュッフェ形式の立食パーティは、自然と同窓会を思い出す。けれどお料理のメニューが全然違う。お年を召した方が多いので、お寿司やお蕎麦といった和食がメイン。

乾杯用に、すっかり氷の溶けたカクテルを持って、知った顔を探して人込みの中を歩く。きょろきょろしていたら、すれ違いざま人にぶつかってしまった。


「あっ、すみません」

「いえ、こちらこそ…」


お互い振り向いて、唖然とした。いや都筑くんのほうはそうでもないみたい。私がこの会に来ていることくらい、予測済みだったのだろう。


「…あの、都筑くん、なんで?」

「ちょっと話したい先生がいて。あ、展示会の件でね。そしたら、この場に来てもらうのが一番手っ取り早いって言うから」

「そうなんだ…」

「でも人が多くて見つからない」


会場を見回して、ため息をついている。

今、普通に話せているかな、いるよね。これ言いだしても、よけいなお世話って蹴られたり、しないよね?
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