ダブルベッド・シンドローム
予兆






大きな事件が起きたのは、それから2週間が過ぎたころであった。


毎日専務の車で会社へ行き、専務室へ寄って一緒に帰る生活を続けていた。
たまに、専務は夕飯を食べたあとで会社へ戻ることもあった。

朝食も、夕食も、私が作ったものを文句を言わずに美味しいと言って食べてくれた。
私が仕事のせいで疲れた顔をしていると、「外で食べますか」と誘ってくれることもあった。


突っ込んだ事情には、しばらく関わらないように気をつけていたが、普通に夫婦らしい生活になったために、その事情もどうでも良くなっていった。

もちろん、触れ合うことも、キスをすることも、まだないのだが。
それは私から求めることでもないと思った。

それに、そこまで求めてはいなかった。

夫婦らしい日常があれば、そういうことは、その後でも十分だったのだ。



大きな事件の予兆として、私は社員証を無くした。

無くして三日になる。

社員証にはカードキー等の機能はついていないので、無くしたところで困ることはないのだが、入社早々にそんな大事なものを無くすというのは、社会人として恥ずかしかった。

この三日間は、そのせいで生きた心地がしなかった。

昼休みや、業後に専務室へ向かうまでのわずかな時間を使い、歩いたことのある場所を探し続けたが、探し尽くしたように思えた。


しかし、私の社員証は、思わぬところから出てきたのだ。



「宮田さん?どうかしたんですか?シュレッダー詰まっちゃいました?」

「あ、市川さん、いや、何でもないです。何でも。これ捨ててきます。」


シュレッダーのくずがいっぱいになり、開いて袋を取り出すと、そのくずの中から、社員証の破片がいくつも見つかったのだ。



私はシュレッターのくずの詰まったゴミ袋を持って、エレベーターへと乗り込んだが、すぐにはコンテナへ持っていかなかった。

途中の階で降りて、誰もいない書類倉庫に寄った。

そこで袋を開けて、手を突っ込んで、中を探ったのだ。


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