まさか…結婚サギ?

彼の秘密

新年をまだ知り合って間もない貴哉という恋人と、自分の家で迎えるなんて思いもしなかったな、と由梨はお雑煮を仕上げながらおもう。
しかも…昨夜はまるで貴哉にねだるようなこと…。

「由梨、着替えたら?お父さんたちもそろそろ起こしにいきたいし」
「はーい」

新年を着物で迎えるのは小さな頃からの習慣で、由梨はそのお陰で今時の若者にしては珍しく、着付けは自然と覚えていた。

由梨自身、洋服と違い着物を着ると気が引き締まる気がして好きである。絹なんて洋服ではまず着る事がない。
「由梨といえばやっぱりピンクよね」

着付けの終わった由梨を見て母が嬉しそうに微笑む。
この日のものは、貴哉の家に行くということもあり、京友禅のピンクのつけ下げで小さな花模様が可憐である。

「そうかな?」
「色が白いからよく似合うわ」
「ありがとうお母さん」

娘に対する欲目だとわかっていても、誉められるとくすぐったくて微笑んで返す。

「お父さん起こしてくるから貴哉くん起こしてきたら?」

裾をすこし持ち上げて階段を上がり、由梨は部屋をノックしてそっと開ける。

年末ギリギリまで仕事をしていたらしい貴哉は疲れているのかぐっすりと眠っている。由梨のベッドに寝ている貴哉の足は少しだけはみ出していて寒そうだ。

そして由梨が朝起き出したときのまま…貴哉は裸である。その事に頬を染めてしまうのは仕方ない。
「貴哉さん、おはようございます」
声をかけると、目覚めのいい貴哉はすぐに眼を開ける。

「おはよう由梨」
目が合うと、
「アレ、着物?あ、そうか正月はそういう家なの?」
「そうなんです。父は着ないんですけど」
母は今日は今日は大島紬に染め帯を合わせたシックに着こなしていて素敵である。

目の前で貴哉は裸体を惜しげもなく晒すと、由梨から着替えを受け取って身に付けていく。
ぴったりとしたパンツに、Tシャツとシャツを重ね着してカジュアルな姿であるけれど、とても格好いいのはそのスタイルの良さもあるのだろう。

「なに?見とれてるの?」
「はい…」
思わずうっかり本音で返してしまい、恥ずかしくなる。
昨日からどうかしてる。
いや、ずっと前からかもしれない。
「俺も、由梨にいつも見とれてる」

綺麗な眼差しに見つめられると、それだけでうっとりとしてしまう。美形のパワーってスゴい。

花村家は亜弥を除き、そして貴哉を迎えて正月の料理を堪能する。
お屠蘇、そしてお節とお雑煮である。

「由梨と貴哉くんは出かけるんだな」
「ですね、初詣に行ってから実家に行きます」

着物の上にはカシミヤのストールを羽織り、まずは初詣に向かう。

新年なのでさすがに人々で賑わい、とても華やいだ空気だ。

お参りもきちんと済ませて参道を降りると、そこにはたくさんのお店が並んでいる。
人が多いので、自然と手を繋ぎ寄り添うように歩いていた。
すると、貴哉の舌打ちが聞こえてきた。

「どうかしましたか?」
「…会社の女たちだ」
そっと周りを見てみると、貴哉を見ているらしい女性のグループに気がついた。
そっと会釈をすると
「愛想よくしなくていいから」
「そうなんですか?会社のひとなのに?」
「しつこく誘ってきた女子社員だから」

そんなことを話してるうちに彼女たちは近寄ってきた。

「紺野くん、まさか彼女?」
(なんだか嫌な雰囲気だなぁ…)

「だったら、何の関係があるわけ?」
冷淡な口調に思わず貴哉を見上げた。

「やだなぁ~ほらぁ、紺野くんってご飯に誘うだけでいくら払うか聞くくらいだからぁ、その彼女はぁ一緒に初詣に来るのにいくら払ったのかと思ってぇ~」

そういう彼女の媚びを売るような喋り方で、由梨はとても苦手なタイプだった。貴哉をちらりと見ると、見たこともないくらいの冷たい眼を彼女たちに向けている。
ね?と彼女たちの目は由梨に向いている。
化粧もバッチリだし、服だって、雑誌から抜け出したようにきちんとおしゃれしている。自分に自信があると主張しているようだった。
その目は私たちを振ったくせに、横にいる女は何だっていうことだろうか…。

「貴哉さん?」
「俺は彼女には一円も出させない。当たり前だろ?」
そう言うと、
「いこう、話すことはないから」

と言い由梨の背を押した。
「いくら払うかっていったんですか?」
「…あまりにも毎日しつこくてな。仕事の邪魔だし、俺とランチに行きたいならいくら払いますかって、聞いてやった。そうしたら、たいがい引くだろうと思って」

「た、確かに…ドン引きするかもしれません~」
由梨はひぃっと心で叫んだ。貴哉はどんな言い方をしたのかわからないけれど、それを先に聞いていたら由梨だって、なんて男だろうと思っていただろう。

「本気で言うわけないだろ。ホストじゃないんだから」
「ですよね」
由梨は気になったことを聞いてみた。

「もしですよ?じゃあいくら払うって言えばランチをしたんですか?」
「気に食わない女とはお金を積まれたってごめんだな」

「前の…彼女さんは…おうちの方とかにも連れていったんですか?」
いつも連れていくのかどうか…気になったのだ。
「その話は、別に良いだろ?お互いに愉快にならない」

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