まさか…結婚サギ?
貴哉 (回想 )

入院

大学一年 秋。

貴哉はconnoグループ社長の御曹司としては相応しく、幼稚園からエリート街道を歩んでそして有名大学である桐王大学 経営学部に進学して、大学生活を送っていた。

サークルはテニスという、ありがちなものだった。
その眉目秀麗、容姿端麗である事と頭脳と、そしてconnoグループという後ろ楯に目をくらませた女性たちがまるで砂糖に群がる蟻のように思えて、うんざりとしていた。

健康体でもあった貴哉は風邪かな、くらいに思っていた症状はなかなか治らず、ついにこれはただの風邪ではないと、麻里絵に連れられて病院に行くと、肺炎だと診断された。

健康に自信があっただけに、過信しどうやらこじらせてしまったようだ。
個室に入院した貴哉は、点滴の生活が始まる。

「早めに病院にかからないから、こんなことになるのよ」
入院の準備をして、病院に戻ってきた麻里絵がもぅとぷりぷりと貴哉に言う。
「…はぁ…」

熱に浮かされながら、貴哉は返す言葉がなかった。確かに麻里絵は母親らしく病院に行けと何日も前から言っていた。
入院の手続きの為に、担当の看護師が部屋に入ってくる。

てきぱきと質問をして、麻里絵が具合が悪い貴哉の代わりに答えていく。
ベテランらしい看護師の後ろに、若い看護師が立っていた。彼女を気にしたのが解ったのか
「今、ちょうど看護学生が実習に来てますので、ご協力お願いします」
看護師がきびきびと言うと、後ろの若い看護師はよろしくお願いします、と頭を下げた。看護師の白の制服と違うピンクの制服を着ていた。

「花村さん、バイタル測ってね」
「はい」
そう、やり取りをするとベテランの看護師に代わり実習に来ていた看護師が体温計を持って近づいてくる。
「お熱を測らせて下さい」

熱に浮かされながら、その若い看護師がまだ幼さを残してる事により気がついた。
「失礼しますね」
微笑みながら、その手が貴哉の汗ばんだ脇に体温計を挟むのにふと羞恥心が芽生える。

それから、脈をとり血圧を測り、という当たり前の行為なのに貴哉は、彼女のくるんとしたまつ毛や、化粧をしていないのに薔薇色の頬に見とれてしまっていた。
「モニターもつけてね」
「はい」

「モニターつけさせて下さいね」
看護学生は丁寧に場所を確かめながら、機械を胸につけていく。つけ終わると、パジャマのボタンをはめていくのにも、熱のせいで顔が元々赤くて良かったと思ったのだ。
でないと、顔がさぞ赤くなっただろうと思うのだ。

「あとは、ルートチェックね」

そうして点滴をチェックすると、看護師を振り向いた。
「大丈夫だと、思います」
「失礼します」
看護学生が下がり、
「何かありましたらナースコールしてくださいね」
看護師がにこやかに言い、二人は部屋の外へ出て行った。

「可愛い看護師さんね。本当に白衣の天使みたい」
麻里絵が貴哉に言ってくる。
「貴哉よりも若そうに見えたわ。まだ高校生みたい」
「…看護…学生なら、高校、出てるだろ?…同じ、くらいか…年上だろ?」
「それもそうねぇ」
麻里絵は貴哉の荷物を病室のテレビの台や棚に収納しながら、返事をする。

苦しい呼吸だから、会話すら辛い。
「これを機会にもうちょっと早めに病院にかかりなさいよね。じゃあ、お母さんは帰りますからね」
麻里絵はそう言うと帰り支度をする。

「明日は絢斗と志歩も連れてくるわ。テスト休みだから」
「…いらね…」
「みんな心配してるわよ」

貴哉は適当に返事をすると、そのまま眠りに落ちていく。

熱はまだ高く、息苦しい。
一人寝ていると、額にひんやりとした手が触れて心地よい。
「氷枕、いれますね」
ぼんやりと目を開けると、看護学生だった。
まだぐったりとしていて、力の入らない貴哉の後頭部を華奢な手が支えて、氷枕があてられた。それがとても心地よい。
朧気な意識に、彼女の香りがひどく近い。
「息が苦しそうですね」

顔と首の汗を拭かれ、そんな風にされると本当に麻里絵の言うように天使に見えた。

ありがとうと、言ったつもりだが、声になったかどうか…。






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