まさか…結婚サギ?

過去の影

「松元先生、しばらく休みなんだって」
結愛が準備をしながら、話しかけてきた。
松元先生は毎年この時期に旅行に行くらしい。
「え、じゃあ2診でまわるのかな?」
夏菜子がそう、眉をしかめる。
「院長先生は代理の先生を探すって言ってたけど。良い先生だといいけどなぁ」

医師によっては癖があるので、サポートにつく由梨たち看護師は慣れるまで神経を使う。

「あ、先生たちきた朝礼はじまるね」

そこにいる、苑田先生、雪村先生と並び、立っていたのはかつての勤務先で知っていた田中先生と…そして渉だった。
「しばらく、大学病院から助けてもらう事になりました。田中先生です」
苑田先生がそう、言うと田中先生の目が由梨に向かう。

「あれ、君は確か…まえに新館4階にいた…」
「はい。花村です、田中先生。おひさしぶりです」
「だよな?」
「じゃあ、花村さんが田中先生について」
夏菜子がそう言ってくる。
「わかりました…」

「白石先生は、もうすぐ研修が終わるから勉強がてら連れてきた」
「白石です」

(なんで…)

由梨は泣きそうになる…。

「花村さん。ひさしぶりだね、本当に。相変わらずかわいいな、結婚でもしたのか?」
「いえ、まだです」
「そうか、勿体ない。白石となんかどう?年頃も合うしな」
屈託なく言う田中先生はもちろん、二人の過去など知らないからこんな風にさらりといえるのだろう。
「そんな…先生に迷惑ですよ」

「そんな事ないよな?医師を支えるのはやはり看護師がぴったりだと思うけどな、白石もそう思うだろ」
「そうですね」

(そうですね、って何よ…)

「そろそろ、お呼びしても大丈夫ですか?」
「はいはい」

田中先生がゆったりと、椅子に座る。

田中先生は、口調は軽いが患者さんに対しては当たりは柔らかいし、そして丁寧に診察をしていく。そして渉はそばに立って控えていた。

「白石、ついててやるから代わってみろ」
「はい」

途中で渉が椅子に座るので、由梨は田中先生に予備の椅子を出した。

渉は立派に医師らしく、にこやかに応対している。
「花村さん。採血と点滴、この薬も追加で」
「はい」

指示を確認して
「あちらで点滴をさせてもらいますね」

そして点滴の準備をしていると、
「あの研修医、わりと素敵よね」
こそこそと結愛が言ってくる。
「花村さんの事、見てたね」
「え?」
「うふふ。三角関係に?とか…。エリートリーマンと医師に挟まれて…なんてドラマティックだわぁ」

てきぱきと準備をしながら、結愛はさらに話しかけてきた。
「梅崎さん…」
「あの、イケメン過ぎる彼より、苦労は少ないかもよ」
くすっと笑われて由梨は
「そんな事はありえませんよ」
そう言ったときには結愛はすでにきびきびと立ち去っている。
由梨は点滴をして、戻ればまた診察を開始する。
診察後の入力画面を見て声をかける。

「白石先生、その指示なんですけど…」
「ん?」
「さっきの患者さん、前回種類が変わったんです。その指示は前の物になってます」
「あ、ほんとだ。ありがとう」

患者さんのなかには、時々子供がいる。
この日も、大きなお腹の妊娠中のワーキングママが3歳の子供を連れてきた。

子供はなかなか嫌がっている。渉はうまく対応しようとしているがなかなかの暴れっぷりだ。お母さんは汗だくで叱ってる。

「たくまくん、看護師さんがだっこしても良いかな?」
目線を合わせた由梨に、子供は涙に濡れた目を由梨に向ける。
「ママはお腹が大きいでしょ?ママ苦しいから、たくまくんも少しだけ我慢できる?」
「おねえちゃんがだっこ?」
「うん。それでお腹のぽんぽんしてもらおうね、先生は優しい先生だから痛くないよ」
子供がうなずいたので、
「お母さん、少し私が抱かせてもらいますね」
「あ、お願いします」

汗だくで宥めていたお母さんはほっとして見えた。
「たくまくん、じゃあお腹からね~」
無事に診察を終えて、お母さんと渉がやり取りをしている。

「頑張ってえらかったね」
と、由梨は病院にある子供向けのシールを渡す。
「おねえちゃん、ばいばい」
「ばいばい」

そんな風に、色々とありながら午前診が終わる。
「いや、ありがとう。花村さん君もしっかりしたなぁ」
田中先生に言われて由梨は苦笑した。
「もう、大人ですよ」
「いや、いつも泣いてるイメージがね」
笑われて由梨は居たたまれなくなる。
「それ、いつの話ですか…」
「うーん、学生?いや、一年目かな」

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