まさか…結婚サギ?

月は満ちて

購入したベビーグッズが家に設置されていき、準備が整った。

由梨は医師と相談の上、管理入院をすることになったのだ。

個室に入院した由梨は、はち切れそうなお腹を抱えて動くのも一苦労。
もうすぐ37週。
ここまで順調に過ごしてこれたのは、貴哉と麻里絵のお陰かも知れない。

「紺野さん、どう?」
検診ですっかり馴染みになった産科医の三浦先生と、そして後ろには渉ともう一人医師が立っていた。

「変わりないです」
「うん、でもお腹張ってるよね」
お腹に触れて、三浦先生が言った。
「ですね…」
「あと、もう少し持つといいなぁ」
「はい、そうですよね」

「小児科の福と、白石です。紺野さんのベビーちゃんは双子ちゃんですから小児科側からもこれから診察に立ち会いますね」
「よろしくお願いします」

医師と看護師に囲まれると、ドキドキしてしまうが仕方ない。

「うん、赤ちゃんは元気だし頭も下だし、普通分娩で準備を進めていいかな?」
「はい」
「途中で帝王切開になることもあるから、それは覚悟しておいて。これは双子に限らずだから深刻に考えないで」

診察を終えると、
「張りどめは出してるけど、おかしかったらすぐに知らせて」
「はい」

がらがらと、機材が部屋のすみに直され、ぞろぞろとみんな出ていく。
(患者になるのって…不安が拭いされないものなんだ)

入院中に、和花が顔を出してくれた。
「元気?」
「元気だけど、もう苦しくって」
「あと、もう少しだね。頑張れ、オペになったら私が見届けてあげるから」
「のん、頼もしい…」
くすくすと由梨は笑った。

そして、入院して数日後…。

由梨のお産は破水から始まった。トイレに行った時に、何かおかしい気がしたのだ。

「うん、お産にしようか」
診察した三浦先生のの言葉に由梨はどきんとする。

いよいよだ…、ここからは未知の世界だ。

亜弥の言うとおり、陣痛は半端なく痛くてまだまだと言われる度に、泣きたくなる。
駆けつけた貴哉に、陣痛の度にさすってもらったり、苦しむ姿を、見せたくなかったけど、手を離すことは出来なかった。

助産師が陣痛と共にテニスボールで押してくれると、少し楽になり果てしなく続くんじゃないかという痛みに耐えた。

「だいぶ降りてきたね、そろそろ息もうか」
由梨は言われるがままにいきんで、何回目かで一人目が、そして、数分後に二人目が生まれたよと聞いて、疲労のあまりくったりとしていた。

「上手でしたよ~、とても安産でしたね」

(安産…そうか、これで安産なのか…)

出産の興奮で、疲れてるのに眠気はこない。
ぼんやりとした意識の向こうで産声が聞こえる。

「少しだけ抱っこね」

助産師が小さな赤ちゃんが胸の上にのせられる。何とも言えない、不思議な気持ちだ。

「お姉ちゃんのほうね」
「次は弟くんよ」

看護師たちがそのまま連れていって、保育器に入るのだろう。
「お疲れ様。由梨、ありがとう」
貴哉がそう言って、手を握る。
「いっぱい、叫んじゃったかも…」
なるべく我慢したけど、実ははじめの方は叫んでいたかな、とも思う。
「大丈夫だったよ」
貴哉の声には優しさがある。

「赤ちゃんたち見てくる」
そう言って部屋を出て行った。

しばらく休んでいた由梨のもとに、貴哉が戻ってきた。
「小さいけど、元気に泣いてたよ」

ビデオカメラの小さな画面には保育器に入ってる小さな赤ちゃんの姿が写っている。顔はまだ浮腫んでいて、おサルさんみたいだ。

「少し、寝るといいよ。半日はかかったんだから」
「うん…」
じっとビデオを見ている由梨に貴哉がそう言った。

数時間後、歩行を許された由梨は新生児室に貴哉と入った。

「二人とも、とても元気。上手なお産だったね」
渉が手を入れる窓を開ける。
そうか、渉もあの場にいたのか、と思うとものすごく複雑な気持ちだ。
「触っていいよ」
指先をちいさな手が握る。
「ちっちゃい…」
「弟くんのほうがお姉ちゃんよりすこし小さめ、だけど、飲みもいいし心配いらないよ」

渉はそういうと、安心させるように笑う。

「良かった」
由梨は心底からそう思った。





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