勘違いも捨てたもんじゃない
プロローグ

…はぁ。毎朝の事とはいえ、このどうしようもできない圧迫感…。朝からぐったりしてしまう。
一層のこと、もう少し勤務先に近い所に引っ越してしまおうか。そうすれば、この窮屈から解放される事は間違いない。しかし…家賃は高くなる…。少々時間をずらしたところで、電車内の窮屈さに大して変わりは無いのだろう。試してないから解らないけど、早目に出るのも…一度ならできても、ずっとは無理…。続かないことは初めから目に見えている。間に合うくらいの時間でどうしても行きたくなるもの…。
女性専用車両なんてのも聞いた事あるけど、あれはあれで乗ろうものなら…個々の香水が混ざった何とも言えない匂いに具合が悪くなってしまいそうだし。案外みんな自分の匂いの強さに気づいてないみたいだし。好みじゃない匂いもあるし…ある意味スメハラよね。
柔軟剤の香りも入り混じって、もう…調香師もうんざりするような香りになっちゃいそうよね。

ドアのすぐ前に立っていた。

ふぅ、やっとだ。あと一駅で着く。早目に降りる準備に取り掛かる人が、後ろの方で移動し始めているのが解る。ごそごそした動きと、すみません、通して、などと言う声が聞こえて来た。

あと少し。はぁ、やっと解放される。
匂いといえば、朝はまだ、誰とも解らない汗の匂いや、年齢的な匂いも、きつく漂って来る事はそうない。だから、そういう意味では近くに男性が居ても、そう不快を感じた事はあまり無い。…だけど。

「次は○○。○○です…」

うわー、押される……え?…え゙っ?!…ちょっ、と?…。これ…。お尻に何かが触れた。多分、手だ。…まただ。また今日も?…もしかして、でも、やっぱりこれも痴漢?どうしよう…。
触られているのに、でも言えなくて、怖くて泣き寝入りしたとか良く聞く話だけど…。
実は、毎回、特別撫で回されているという事も無いけど触られてる。触れたままと言えば触れたままなんだけど。でも、ピタッと…お尻にフィットするようにして触れられてる…。この状況なんだから、触れたくて触れてる訳では無いのかも知れないけど……悪寒がする。
でも…今日は昨日迄と触れ方が少し違うような…掌では無いような…?そんな当たり具合だ。
……あ゙ー、冷静に分析なんかしてる場合じゃない。掌じゃなくても触ってる事に変わりは無いんだ。それだって、痴漢というなら立派な痴漢の部類かも知れないでしょ?
人に押されて仕方なく当たってるだけって事もある。誤解もあるから断定は難しい。でも当たってる…どうしよう…。
ドア付近はもうぎゅうぎゅう、降りる準備に入った人達で身動きさえできなくなっていた。
……ゔ~ん…よし。…取り敢えずよ。

「○○~、○○~…降り口は…」

ドアが開くと同時にお尻に触れていたその腕を掴んだ。不思議なくらい抵抗は全くなかった。
人の流れに身を任せるように一緒にホームに降り立ち、少し進んでから振り返った。この腕の主、一体どんな人よ!

「貴方、痴漢ですよね!…え?…ですか?…えっ、ですよね?……あ、の…」

私が掴んだ腕の先には、長身で優しい微笑みの銀髪の紳士が立っていた。…この人なの?
…ぇ…もしかして腕を掴んだ時、間違えたのかしら…?
ううん…そんなはずは無いと思う。
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