勘違いも捨てたもんじゃない
最後?の晩餐はランチメニュー?!

未練とは…。心が深く囚われて諦めきれないこと。…か。

武蔵さんを偶然街角で見掛けた。休日だった。
車も停まっていたし、きっと安住さんを待っているのだと思った。随分、無理して我慢して…連絡もしていない、だから会ってもいない。声を掛けようかそれさえも躊躇した。…。

「武蔵、さ、…ん…」

呟いた程度で言葉は呼び掛ける程の声にならないまま消え入ってしまった。車の傍に立ち、一人で居るものだと思って疑わなかった。武蔵さんの身体で隠れて見えていなかっただけだった。人通りもあった。向こう側に女性が居た。スタイルのいい女性だった。後ろからそっと細い腰に手を当て、ドアを押さえ、車に乗り込むのをエスコートしていた。私はあそこまで丁寧にされた事は無かったかな…。何だか寂しい…。これも嫉妬心?…されないのは当たり前ね。いつも急いてばかりだもの。失礼があってはいけない、きっとそんな大切な人なんだ。一連の動作を漠然と……傍観していた。

もう声は掛けようとも思わなかった。秘書という職業を離れれば多分普通の感覚を持った普通の人。…お坊っちゃまではない。秘書としての職業も社長との関係性も、長く携わっているから、ほとんどの日常が、違う世界に居る人になってしまう。……出会わなければ、元々こうして傍観してしまう光景の中の人だ。思わず足を止め、素敵な人が居ると…見惚れてしまうような人。男臭くて色気のある人…。とても魅力がある人。それを知っているのは私だけならいいと……。そんな訳はない…。どれだけの人がそんな風に思うか…。どれだけの人が武蔵さんの魅力を知っているのか…。
…声をかけない自分が自分でもよく解らない。声をかけては誤解が生じるとか云々ではなく、私は普通に武蔵さんを呼び止めて構わないはずなんだけど。会っていなくても、そんな関係でいいのよね…?もっと言うなら、それが結果誤解であっても、駆け寄り、情熱的に、ちょっと貴女!誰よ、なんて、詰め寄ってもいいのではないだろうか。
…声さえかけない。詰め寄る事もしない私…。
感情が揺さ振られていないのは何故だろうか。……自信がない…。どこかに諦めのようなものが…。
立ち尽くして、涙が流れている事に気づいて無いのだろうか。…違った。涙も流れていないし、思いの外放心もしていない。冷静に眺めている。
仕事関係の女性を送る、その様子を偶々見掛けただけかも知れないし、武蔵さんの…今宵のお相手かも知れない。私には知らされず、ちゃんとした、お付き合いの始まった相手なのかも知れない。何一つ、目の前の光景も、私達も…、確かなモノは解らない。そこまで気持ちを追い込んでみても何も…変わらない。ただ…、ああ、これが、この何とも言えない気持ち、悲しい虚しさのようなものが、もしかしたら、自然消滅というモノなのかも知れないと思った。

…会わない、連絡しないは、お互いを思って解り合う為だと思って疑いもせず…、行動しない事を続ける事にただ無理に頑張っていた。会いたくなってどうしようもなくても連絡もしなかった。そうする感情に徐々に慣れようとしていた。…馬鹿だと思う。…何を恐れているのか。会いたくなれば会えばいい。話したくなったら話せばいい。それが普通なのに。

会えない寂しさを我慢して、何もしないで居る事で、一体何が理解し合えるのだろう。そんなの不自然…。…諦め、…?諦めたの?自分から会いたいと言う可愛いらしさも見せられず、会わない事は心を少しずつ離して行くだけだったかも知れないのに…。
何もできないまま、武蔵さんとこのまま離れてしまって、私に未練という感情は芽生えるのだろうか。最近とても関わりがある…安住浩雅という存在が、全く関係していないとも言い切れないのかも知れない…。
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