勘違いも捨てたもんじゃない
冒険に危険は付き物

「あ、高鞍さ〜ん、お電話です。確か、アズミさん?て、言ったと思うんですが、…すみません曖昧で。あ、えっと2番です」

「はい、有難う、大丈夫よ」

彼女はまだ電話を取り慣れていない。名前の聞き間違いなどよくあって困るのだけど、今回だけは間違いであって欲しいと思った。大丈夫と返事はしたけど大丈夫じゃない…。アズミって言ったら、あの、アズミさんくらいしか知らない。多分間違いない。名前、本当にこの子の聞き間違いだったらいいのに。誰にせよ、待たせる訳にはいかない。…ん゙ん゙。

「お待たせ致しました、高鞍です」

高めの…仕事仕様の声だ。

「あー、高鞍さん?良かった。安住です、痴漢の。ハハハ、解りますか?」

…ハハハって。いやいや、痴漢では無いのでしょ?はい、と返事をしてはいけないか。

「あ、…解ります。駅でお会いした安住様ですよね?」

通話口を手で覆いながら、気持ち小さめの声で話した。課長がチラッとこちらを見た気がした。駅でとか、まずかったかな。痴漢関連かと勝手に思われていたりして。そんな相手から電話?…って。

「今、話せますか?忙しい時間帯は避けたつもりなんですが、大丈夫そうですか?」

…どうしよう。こっちから返す言葉があまりにも仕事とかけ離れ過ぎるなら、ちゃんと話はできないかも知れない。忙しいふりで早々に切り上げてしまえる性格ならとうに切ってる…。

「少しお待ち頂けますか?場所を変わりますので…申し訳ありません」

できないよね。移動しよう。

「いや、いきなり強行手段に出た私が悪いのです。大丈夫です、このまま待っていますから」

…何だろうな〜、この穏やかさ。やっぱり印象は悪く無いのよね。保留にし、席を外した。

フロアを出て見えなくなる所まで来た途端、小走りで通路を進んだ。こんな行動、あまり良く無いのだが、空いている会議室に入り電話を取り直した。

「すみません…、お待たせしてしまいました、はぁ…」

「あ…、大丈夫?急いでくれたんですね?大丈夫ですか?」

「はい…運動不足だから、ちょっと小走りで移動したら…息が、切れただけです」

「いやぁ、そうですか。待ちますから深呼吸して整えてください」

「はい、いえ…大丈夫です」

席を外してまでそんなにゆっくりしていられない。話といっても内容は…。

「では。今日はお仕事は終わられるのは何時くらいですか?と、言いますか、19時くらいからご都合はつきますか?」

…誘われてる。そういう話よね。

「いきなりの事だと、困られてますね?」

あ…。あまりにも唐突なので…大いに困ってますよ。

「あの…」

「ご飯にでも行きませんか?心配は要りません。ご飯だけです」

…そういう言われ方は、もう…。色んなモノ、何もかも心の中を読まれているとしか…。

「最初だから、ランチとかでお誘いできた方が安心なのでしょうが、私の都合で申し訳無いのですが、中々昼は難しくて」

本当に…これって上手い誘い方なのかも知れない。

「時間、遅すぎますかね…終わってから空いてしまいますか?…あまり構えないでくれませんか?特に予定が無いのであれば、断る理由は無いと思いますが?」

時間はそんなには…断る理由はある。誘われるのは困ると言えばいいのだけれど。

「解りました。駄目元で勝手に19時に会社の前で待っています。では」

「あ、あの」

返事が遅かったからかな。決定されても…それはそれで困る。

「はい?」

「会社の前は困ります…目立つので。一区画ずらして頂いても構いませんか?」

て、これだと行くことになっちゃってる…。

「なるほど、これは配慮が足りなかった、はい、勿論大丈夫です。では…、手前ではなく、先で、お待ちしています。という事は来て頂けるのかな?」

…あの黒い車なのかな。

「私のことは覚えてる?車から出て待っていますから、覚えてくれているならすぐ解ると思いますよ?」

「…解りました」

あ…。もう馬鹿…はぁ。解りましたと言ってしまった。どうしよう…。どうしようも…もう決まりだ。…すっぽかしてもいい…?
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