エリート専務の献身愛
信用と疑心
 いつもなら、今くらいの時間には正直くたくたで、覇気どころか生気すらないように見られているかもしれない。

 でも、今日は違う。
 疲れを忘れるくらいに、すごく緊張しているから。

 時計を見てそわそわとし、パソコンに向かっているだけなのにずっとドキドキしている。
 どうにか通常業務を終わらせ、席を立つ。

「お疲れ様でした。お先に失礼します」

 部長はすでに帰っていった。残るふたりの先輩に挨拶をして、会社を出る。

 もう一度時間を確認する。午後八時半。約束の時間は九時。
 充分間に合うと息を吐くと、ぼんやり昨日のことを思い返しながら待ち合わせ場所へと歩いていく。

 昨日、あのあと……。

『でも、驚きました。浅見さんも、激昂したりするんですね。いつも穏やかだったから想像しなかった』
『オレも人間だからね。そりゃあ、怒ることだってあるよ。瑠依のイメージと違っていて怖くなった?』
『え? いいえ、全然! 私はやっぱり優しい人だと思っています。本気で怒るのは、相手を思っているからだと思うので……』
『瑠依こそ優しいよ。だからオレは、その優しさに甘えてる』

 自宅まで送ってもらっている最中の会話。

 辻先生を睨みつけたときの浅見さんは、確かにちょっと怖かった。だけど、それは自分に向けられたわけじゃなかったし、むしろ私のためだったと思うと不謹慎だけれどうれしい気持ちになった。

 ……って、自惚れた考えになったんだけれど、あれは私を守ってくれたんだよね?

 そんなこと間違っていたら恥ずかしいし、直接聞けるはずもない。
 だけど、特別という意味合いの告白のあと、唇を重ねたのは紛れもない事実で……。

「瑠依」

 キスまで回想してしまっていたところに、浅見さんのリアルな声が背後からして小さく声を上げた。

「ごめん、油断した。だいぶ待った?」
「いえ。さっき着いたところで」
「そっか。いや、でも女の子を待たせるなんて、本当にごめん」
「気にしないでください。待つのは慣れていますから」

 仕事ではもちろん、由人くんになんて、ずっと待たされていた。待たされるそれどころか、ドタキャンばっかりで……。

 うっかり元カレのことにまで考えが及び、渋い顔をする。すると、突然視界に浅見さんの顔が入ってきた。
 彼は私を覗き込んで言う。

「仕事は仕方ないとしても、デートで待たされることに慣れたらダメだよ。オレも今後、瑠依を待たせたりしないから」

 綺麗な目。端整な顔立ちで真っ直ぐな瞳を見せられると、きっと誰だって吸い込まれちゃうと思う。
 片時も逸らさない視線に意識を奪われ、まるでこの場に浅見さんしかいない錯覚に陥りそう。

 彼は固まった私の頭に、一度ポンと手を置く。そして、極上の笑みを浮かべて私を見下ろした。
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