猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
*番外編

雛芥子に寄せて

――眠れない。

ジムを抱きかかえて寝台に潜ってはみたものの、マリの眼はもうずいぶん長いこと冴えたままだった。
その理由は「初めての場所だから」とか「同室の先輩侍女の寝息が気になる」という、些細なものだろう。
だがいくつかの原因のひとつに「主のことが気にかかる」が入っているはずだ。

グレースお嬢様は私より十歳以上年上なのに、どこか子どもっぽいところがあるから。

マリは自分のことは高い棚の上に押し上げ、新婚初夜を迎えているはずの主の心配していた。

寝台の上でゴロンゴロンと寝返りを打つと、ジムが腕の中から抗議の鳴き声を上げる。そのたびに隣の寝台で眠る先輩が身じろぎをするから、マリの心臓はドキドキ脈を打ちっぱなしだ。余計に眠気が遠のいていく。

ああ、もう!鳴かないでっ!!

無理難題を心の中で叫び、ギュッとジムを抱きしめた。

ギャーッ!!

二台の寝台と簡易な調度だけの狭い部屋で猫の絶叫が響き、マリは慌てて掛布でジムをぐるぐる巻きにするが間に合わない。

むくっと先輩が起き上がった。月明かりに浮かんだ影が首を左右に振ってから、操り人形の糸が切れたように寝台に倒れ込む。

ほどなく、再び規則正しい寝息が聞こえてきてやっと、マリは詰めていた息を吐き出した。
もぞもぞと布の中から出てきたジムの頭を撫でる。

これ以上は無理!

そう決心したマリは、暗がりの中手探りで身支度を済ませ、扉を開けてそろりと廊下に出た。彼女の忍び足にじゃれつきながらジムも続く。

まばらでも、真夜中の廊下に灯りがともっているのは心強かった。
まだ夜明けまではかなりありそうだったが、マリは厨房へ行くことにする。

目が覚めたグレースは、きっと湯を使いたいだろう。

そう思い至ったマリは母や義姉、使用人仲間から聞いた、年頃の娘が自身の身を護るためにも心得ておくべき話を思い出し、かっと顔を熱くする。
火照った頬に手の平をあて冷ましていると、突然ジムが静まりかえった廊下を一目散に駆け出した。

「え、なにっ!?」

外に出られでもしたら大事だ。
焦ってもつれる足で追いかけ、彼が黒い人影に飛びかかる寸前で捕まえる。
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