伯爵家の四姉妹

春の兆し

コーデリア・オブライエンはリリアナの妹で、近衛騎士になった二人の息子がいて、手が離れた今ルナのお目付け役を頼むと喜んでブロンテ伯爵邸にやって来た。
年を経ても美しい叔母は、少しだけルナと似ていた。
「可愛いルナ!」
コーデリアは小さな頃から姉妹の中でもルナがお気に入りで、いつも気づかってくれていた。
「デビューおめでとう。なんだかとっても綺麗になったわね」
「そうかしら?ありがとう叔母様」
頬を染めたルナをコーデリアは抱き締めた。
「もぅ、可愛らしいわねルナは!」
「相変わらず叔母様はルナがお気に入りね」
ルシアンナがくすくすと笑った。
「あら、ルシアンナ。貴女は相変わらず美人さんね、少し雰囲気が柔らかくなったかしら?」
コーデリアは今度はルシアンナを抱き締めた。
「ステファニーは?」
「今はエディントン家に訪問中なの」
ステファニーはアンドリューの家でのお茶会に行っていた。


「ねぇ、でルナはフェリクス卿と噂になってるんでしょう?どんな方?」
コーデリアは今は爵位なしの家名なのでフェリクスの事は知っていても公爵の令息であるフェリクスと話せることはまずない。
「フェリクス様は背がすらりとしていて、すこし癖のある金の髪で青い鮮やかな瞳でいつも私に優しくしてくださって。素敵な方なのよ」
ルナは大事なフェリクスの事なのでひとつひとつ思い出しながらコーデリアにそっと言った。
「まぁ、そう。その方の事が好きなのねルナ」
こっそりとコーデリアが言った。ルナはぽっと頬を染めてうなずいた。


春が近づき、気候も暖かくなったその日、ルナは朝の散歩にスケッチの道具をもってフォレストレイクパークにいた。

湖とその周りの息づく花たち、歩く貴族たち。
集中して描いているルナに、知り合いを見つけたコーデリアは挨拶をしてくるといい、離れていた。

「上手だねルナ」
その声にはっと上を向くとそこには、ルナの手元を覗きこむフェリクスがいた。
「フェリクス様…!」
ルナは驚いて声をあげた。フェリクスはそのままルナの隣に座ると、
「こうして話すのもひさしぶりになってしまったね」
「…そうですね…」
「最近では君に群がる若い男性たちで、おじさんな俺は近づくのが気後れしてね」
くすくすとフェリクスは笑った。
「フェリクス様がおじさんだなんて!」
ルナは驚いてフェリクスを見た。
美しい若々しい容貌におじさんだなんて思うわけがない。何より7つしか歳上ではない。
「キアランやユアン、ケネスだったかな?みんな私より若い」
ニヤリと笑った。
彼らはまだ10代の青年だった。近頃舞踏会の度にルナに積極的に話しかけて来てくれる。
「それではまるで私が子供だと言われているようです…」
ルナはうつむいた。
「…今度は会えば誘ったら私とも踊ってくれるのかな」
フェリクスはもしかすると、この間の夜の事を気にしてるのだろうか?ルナが嫌がっていないかと。
「もちろん、喜んで踊ります」
フェリクスの申し出にルナは微笑んだ

「ここへは馬車で?」
「ええ、そうです」
「ルナは馬は嫌いかな?」
フェリクスは乗ってきたらしい見事な栗毛の雄馬を見た。
「実はあんまり上手じゃないんです。嫌いじゃないんですけれど」
「今度一緒に乗馬でもしよう」
「ええ、是非!」
ルナは喜んで応えた。

ひさしぶりにフェリクスと話が出来て良かったと、ルナは喜んだ。同じ夜会の誘われて居てもルナは近頃若い男性たちに囲まれるようになっていたし、フェリクスも男性たちや女性たちに囲まれていたりでなかなか話すのも困難であった。
避けられている、と疑うくらいに。
けれど、違った!とルナは嬉しくなった。

フェリクスが馬に乗りに立ち上がると、ちょうどコーデリアが戻ってきていた。
「おはようございます、レディ」
フェリクスが帽子を持ち上げて会釈をする。
「コーデリア・オブライエンですわ。閣下、ルナの叔母です」
コーデリアがにこやかに挨拶をした。
「はじめましてレディ コーデリア。フェリクス・ウィンスレットです」
「もうお帰りなんですの?」
「はい、もう帰る所でした」
フェリクスは紳士的にコーデリアに応対しそのまま馬に乗ると、美しい姿勢で馬を操り去って行った。


「ルナ、あれが貴女の王子様なのね!想像よりずっと素敵な方じゃない」
コーデリアが勢いこんでルナに言ってきた。
「驚いたわ、大事な令嬢に誰か近づいたと聞いて、見てたらなんだかとっても良い雰囲気なんだもの。話しかけずに見ていたわ」
コーデリアはくすくすと笑って言った
「やるわね、ルナ。わざわざ馬から降ろして挨拶させた上に、隣に座らせるなんて」
確かにわざわざだ。
歩きならともかくフェリクスは馬で着ていたのだ。
「フェリクス様も私のことを少しは想ってくれていると思う?叔母様?」
「ええ、思うわよ」
にっこりとコーデリアが言ってくれて、ルナはますます嬉しくなった


そして、翌日にはフェリクスから最新式の画材と、それから別便で春夏のドレスが届いたのだった。夜用のと昼用の2着ずつと、乗馬服。
以前の注文の時は、取り急ぎの物とゆっくりの物を依頼していたようで、完成したものを届けてくれたのだった。
「こんなにたくさん!」
とルナは仰天してしまった。
仕立て屋の使いの女性は
「すでに代金も頂いていますし、ルナ様に作ったものですから遠慮なくお受け取り下さいませ、いずれも自信作だそうですわ」
淡い水色の流れるようなドレープのドレスと、フレッシュな雰囲気の淡いグリーンに、透かしレースのよくみるととても凝ったデザインのドレス。
乗馬服は、涼しげな素材のカッティングがきれいなミルクティカラー。
昼のドレスは、白に小花柄とクリーム色に水色のラインが効いた可愛らしい物だった。
いずれもルナによく似合い、スタイルもとても良く見えたし、柔らかな雰囲気をより引き立てていた。

「どうしよう?お母様、叔母様」
ルナに喜びつつ、やはり戸惑う。
「どうしようも、受けとるしかないでしょうに…ルナだって、フェリクス卿は嫌いじゃないんでしょ?」
リリアナが苦笑する。
むしろ心から嬉しい!
「お礼のお手紙と、そうね晩餐をお誘いしてはどうかしら?」
「ちょうど晩餐会をしようと思っていたのよ」
コーデリアがいい、リリアナも続けた。

早急に晩餐会が予定され、フェリクスとそれからキース。ルシアンナの相手にはアルバート、アンドリュー。ラファエルも帰るように伝えられ、アデリンとルシアンナの友人のアニスも招待した。

晩餐と共に彼らの部屋も用意れるため、ブロンテ家ではバタバタと準備された。

招待した全員から来訪の答があり、リリアナは采配に張り切っていた。

フェリクスと乗馬を約束していたルナは、早朝から乗馬服を着てまっていた。コーデリアの代わりに休日のレオノーラが付き添いが決まっていた。
レオノーラにはあの舞踏会以来、お誘いが大量に押し寄せてリリアナは仕立て屋に新しいドレスをたくさん作らせた。
ルシアンナがいつもなら騒ぎそうなものだったが、アルバートと上手くいっているせいか、すっかり落ち着き、我が儘も減り次々とエスコート役を変えることもなくアルバートと出掛けることが増えて、アルバートと婚約間近だと噂がたつほどであった。

その事にライアンもリリアナも安堵していたし、ルナも嬉しく思っていた。

新しい青色の乗馬服を着たレオノーラは、良く似合っていていたし、いつも通り美しかった。

迎えに来たのは、フェリクスとそしてキース。
別で乗馬を約束していたらしいアルバートとルシアンナ、アンドリューとステファニーもちょうどばったりと会って、一緒に出かけることに成ったのだ。

ウィンスレット公爵家の乗馬コースに向かったルナは、あまり得意でない乗馬に必死だった。
「相変わらず下手ねぇ」
ルシアンナが笑いながら言った。

着いて早々に休憩したルナにフェリクスが付き添い、ステファニーとルシアンナも付き合って少し休憩してくれた。
二人がいることで、レオノーラはルナから離れ、キースと共に、難易度の高いコースに二人で走り去っていった。
ステファニーとアンドリューも後をゆっくりと追いかけて行った。

「さすがレオノーラお姉様」
レオノーラにしてもそうだし、ステファニーとルシアンナもかなり乗馬もダンスも弓も上手かった。その上レオノーラは剣の腕もかなりの技量があると聞いていた。
「今日は横のりだけれど、騎士服なら更にだろう」
フェリクスが微笑んでルナに言った
「乗馬が今一つなら射的でもしてみるか?」
馬場の近くにある、的をさした。
「やってみましょう、ルナ」
ルシアンナがルナの腕をとって、向かった。
女性用の防具をつけると、女性用の近い的を狙う。
隣でフェリクスが遠い的を綺麗に中心に当てていた。

なかなか当たらないルナに、フェリクスが腕を支えたり肩を直したりしながら、教えてくれる。
するとはじめて中心に当たった。
「当たった!」
ルナは感激してフェリクスを見上げるとフェリクスも楽しそうに笑っていた。

「もう一回やってみて」
ルナは矢をつがえて放つと、再び矢は中心近くに当たった。

ウィンスレット公爵家の使用人がテーブルをセットしてお茶を用意してくれ、ルナはそこで座ってお茶を飲むことにした。
「フェリクス様、ドレスにそれに画材もありがとうございました」
「いや、大したことじゃない」
「ルナは昔から絵が上手なのよ。よく私たちの絵も描いてくれるの」
「それは凄いね、私は絵はからきしだめなんだ」
アルバートが苦笑しながら言った。
「応接室にも飾ってあるの」

ルナの描いた姉たちの絵が飾ってあった。居間で寛ぐ姉妹の絵はルナもお気に入りの納得の一枚だった。

「ちょうど子供の頃に買ってもらった画材が古くなっていたので嬉しかったんです」
ルナは笑いかけた。
まだ使うのがもったいなくて、眺めていただけだが、新しい物はそれだけでうっとりする。

レオノーラとキースが馬を駈り戻ってきた。二人とも軽く汗をかき、頬が上気してキラキラと楽しそうな雰囲気だった。
「楽しそうだね、二人とも」
フェリクスが声をかけた。
「お茶にしないか?」

レオノーラとキースは馬から降りて、レオノーラは颯爽と自分で椅子を持とうとし
「レオノーラ、少しは紳士らしく椅子を引くのは任せてくれないか?」
キースが、笑いながら言った。
「…つい、癖で」
レオノーラは苦笑した。
ルシアンナも屈託なく笑い、それをアルバートが優しく見つめていて、ルナはみんな良い雰囲気だと思っていた。

「ステファニーお姉様は」
「あと二人はほっとけばいいわ、二人の世界に浸ってればいいのよ」
ルシアンナがすっぱりと言いきった。違いないとみんな頷き、お茶を楽しんだ。
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