栞の恋
黒縁眼鏡
その日は、ちょうど買いたい本があったので、帰宅途中に横浜駅で途中下車して、駅ビルの7階にある《喜多國屋書店》に寄ることにする。

もちろん決して“何か”を、期待して来たわけではないと、栞は心の中で自答する。

そもそも、仕事帰りに本屋に寄るのは、珍しいことではなく、むしろ寄らない回数の方が少ないくらい。

基本的に、昔から本が好きだった。

特に買いたい本が無くても、本屋なら、何時間でもいられるくらい。

最近の大きな書店は、通路の脇にいくつかの椅子が設けてあるところも多くて、自分のような“本難民”には非常にありがたい。

買って読むほど欲しい本でなくても、お試しで、障りだけでも落ち着いて読むことができる。

なんて素晴らしいシステムが出来たことか。

エレベーターで7階まで上がり、いつもの慣れ親しんだ店内に、一歩足を踏み入れると、そこかしこから、あの、本の持つ独特な匂いが栞を包み込み、何とも言えない幸福感に包まれる。

やっぱり、落ち着く。

事前に、目的の本の置いてある場所は調査済みであったのだけれど、結局のところ、本の誘惑に負けて、いつものように、新刊コーナーから各ジャンル別に分かれた書棚を順々に巡り、いつの間にか、本の世界に没頭してしまう。

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