【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

王と女神

 この晩、大樹の露を口にしたアオイと彼女を見つめ続けたキュリオは一睡もすることなく明け方を迎えた。赤子の右手は銀髪の王にしっかり握られ、小さく身動きするたび手の甲を彼の指先が優しく撫でる。

「体は辛くないかい?」

「……?」

キュリオの問いに目を丸くしているアオイ。彼女はとくに疲れた様子も見せず、その瞳はいつものように輝いて目の前のキュリオの姿を鮮明にうつしていた。
対するキュリオも一睡もしていないにも関わらず、いつもと変わらぬ涼しげな表情を浮かべている。彼の手は労わるように彼女の目元をなでると、しなやかな上体を起こし艶やかな長い銀髪をかきあげた。

「同じ姿勢も辛いだろう。少し散歩へでてみようか」

そう言ったキュリオの胸元ははだけ、透き通るような白い肌が露わになった。人前では決して見せぬはずの姿をアオイが何度も目にするのは赤子だからという理由もあるのかもしれない。しかし、それ以上にキュリオの心が曝け出されて無防備になっているのだということをアオイはまだ理解できない。
さらにサラリと流れた銀の髪が朝日を受けて整った彼の顔に影をつくる。

――今までどれほどの女たちが彼の心を欲しただろう――

歴代の王たちは皆麗しく、先代の悠久の王もかなり人気があったと聞く。しかし、先代の彼もまた全く女性に興味を示さず、一心に民を思っていた素晴らしい人格者だった。

だが、そんなところがまた女性には堪らないらしい。さらには例え好意の眼差しが向けられなくとも、ただ見つめているだけで……という女たちがいるというのだ。

現王のキュリオには先代と同等、もしくはそれ以上の人気がある。以前ガーラントが言っていた"女神"たちもこれらに属し、慎ましいどころかキュリオの迷惑を考えていないから問題なのだ。

<女神>たちは悠久の創生期、王の力となり大地を守護した気高い一族だと語り継がれている。だが、偉大な王に守られたこの国はやがて<女神>たちの力を必要としなくなり、徐々にその力と気品を失っていったとされているのだ。そもそも<女神>とは尊称で、神のような力をもっていたわけでもない。せいぜい人の世でいう"巫女"のようなものである。

しかしその伝承のせいで王と<女神>の結びつきは今でも断ち切ることができず、力を失い、ただの人となった彼女たちを完全に跳ね除けることができずにいるのだった。

「外は冷えているだろうか……」

キュリオはアオイを抱き、ベッドから下りると長めの上着を肩に羽織り部屋を後にする。

廊下へ出ると朝焼けの光が満ちあふれ幻想的な光景が広がっている。夕焼けとはまた違う清々しい金色の光。キュリオはその光景を好み、いつも決まってこの時間に起床していた。
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