【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

最後のチャンス

気持ちが込み上げ、喉の奥を熱くするウィスタリア。キュリオへの積年の想いが自然と涙をあふれさせる。

「…………」

昂ぶった感情を持て余す彼女へ怪訝な眼差しを向けたキュリオは無言を貫き微動だにしない。

「……貴方のことが……っ! す……」

とまで言いかけて、ウィスタリアは言葉を飲みこんでしまった。

――ガチャッ

「……キュリオ様、たびたび申し訳ございません」

広間とテラスを繋ぐガラスの扉が開き、先ほどの女官が遠慮がちに入ってきたからだ。しかし、彼女の表情を見ると悪気はないようで……むしろ異様な空気に包まれたこの空間に疑問の色を浮かべているようだった。

「……少しよろしいでしょうか? 大事なお話の途中でしたら改めますが……」

女官は主(あるじ)とウィスタリアの顔を見比べながらオロオロと戸惑いをみせている。
 ウィスタリアの尋常ではない感情の昂ぶりにキュリオは何か感じ取ったはずだが――……

「大事な話などしていない。そろそろお帰り願おうと思っていたところだよ」

ふぅとため息をついたキュリオはゆったりした動作で背もたれに身を預け、椅子の肘掛に肘をつく。そして長い足の上で両手を組み、視線は女官の彼女へと向けられている。

「……」

ウィスタリアはショックのあまり言葉がでない。そして昂ぶった感情は急激に冷えて、面白いことに悲しささえもまったく感じない。

「……で、話というのは?」

これはもちろんウィスタリアに向けられたものではない。入ってきた女官に向けれたものだ。

「はい……、実は……お嬢様がまったく食事を口にしてくださらなくて……」

(……お嬢様? ……お嬢様って誰のこと……?)

放心状態で二人の会話を聞いていたウィスタリアだが、その言葉だけが異様なまでに頭に響き、まるで頭痛を誘発する不快な異物のように彼女の精神を崩壊させていく。

――キュリオ様の顔を見るのが怖い……

バクバクと嫌な心の臓の音が聞こえる。額には冷や汗が流れ、まるで何かに怯えるような反応を見せるウィスタリアの体。そんな彼女の嫌な予感は的中してしまう。

「ふふっ、そろそろ限界かな? いい加減顔を見せてあげないと可哀想だね」

目を細めて幸せそうに笑うキュリオ。ウィスタリアやマゼンタが心から欲しがった……彼の本当の笑顔がそこにあった。

「そのようですわ。あれからずっとキュリオ様のお姿を探しておりますのよ?」

女官は口元に手を添えながら上品に笑っている。その言葉や様子から彼女が”お嬢様”に好意的なのがよく伝わってくる。

「……マ、マゼンタを呼んで参ります……」

すでに自分が蚊帳の外であることを認識した彼女はふらりと立ちあがる。
すると笑みを消したキュリオが即座に言葉を返した。

「あぁ。そうしてくれると助かる」

「……」

キュリオの言葉にウィスタリアは頷かず、俯いた彼女は静かにバルコニーを後にした――。



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